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知的巨人の百歳学(103)-長崎原爆に被災地に「平和祈念塔」を創った彫刻家・北村西望(102歳)の『たゆまざる 歩み恐ろし カタツムリ』★『日々継続、毎日毎日積み重ねていくと、カタツムリのように1年、2年、10年、50年で巨大なものができる』

      2019/09/02

わたしは天才ではないから、人より五倍も十倍もかかるのです」

「いい仕事をするには長生きをしなければならない」

 『たゆまざる 歩み恐ろし カタツムリ』

健康長寿の秘訣は「あわてず、おこらず」彫刻家・北村西望(102歳)

  前坂 俊之(ジャーナリスト)

長崎の平和記念像を制作した北村西望(1884―1987、102歳)は、生涯たゆまぬ努力を貰き、文化勲章を受賞した彫刻界の第一人者である。

昭和六十二年(1987)三月、百二歳で亡くなったが、平櫛田中に次ぐ日本でも最長寿の彫刻家である。もともと彫刻家には長寿が多いのは、絵画より彫刻、塑像を創る肉体労働が多いためであろう。

92歳の時、NHKのインタビューに対して「毎日朝六時に起きて、ずっとほとんど立ち詰めで仕事をしている,熱中するので1、2時間はあっと言う間にすぎる」と答えて驚かせた。

「たいてい塑像のようなものは立ってやるんですが、木彫の人はどうかすると坐ってやっていますよ、あぐらをかいて。どういうわけからくるのか、長生きしているやつぽっかりで、これは原因がわからないですね。」「粘土を使って指先にかなり力を込めて指先を使うのがいいんだという方もいる。手はしょりちゅう何かに使っていますね」。(「人・その世界」NHK編、日本放送協会、1977年刊)

こうした筋肉使い大作の彫刻に挑むと相当の肉体労働がともなう。それが体に良い、創造力の燃焼によって脳は活性化する。一挙両得である。

北村西望<1884年(明治17)12月-1987年(昭和62)3月>は長崎県島原半島の大地主の四男に生まれて、彫刻を志した西望は京都美術工芸学校から東京美術学校に進むが、父の反対で苦学の連続だった。

その生活難はしばしば学友の建畠大夢(1880―1942、62歳)によって助けられたが、建畠には到底及ばない自分の才能に絶望した西望は悩んだ末に「彼が一やるところを、私は一〇倍努力してやるしかない」と決意して制作に没頭した。

文展(日展の前身)へ同時の初入選から九年目に、やっと建畠を超える特選に入賞したが、もう一人、同期の天才・朝倉文夫(1883年(明治16年) – 1964年(昭和39年)、81歳)そこで人一倍努力して芸術作品を世に多く残すには、長生きして時間を稼ぐしかない。

朝倉文夫、建畠大夢という日本彫刻史に残る二つの巨峰は、北村さんの恐ろしい先輩、友人であり、好きライバルであ、つた。この二人を一つの目標として、カタツムリとなってゆっくりとたゆみなく歩いてきた人生だった。本人も「あの二人がおってくれなかったら

私の今日はないと思いますよ。本当にあの連中に負けるのがくやしくてね、無我夢中でしたから。それこそもう酒もたばこも飲まないし、もちろん妙なところにも行かないし、本当に無我夢中でした。」(同前掲書)

学校を二十九で卒業して、36歳の時こう決心した西望は結局、朝倉より二〇年も長生きすることによって、長崎市がある限り永遠に残るだろう芸術作品「平和祈念像」(記念でなく祈念としたのも作者である)を世界に問うことができたのである。

「わたしは天才ではないから、人より五倍も十倍もかかるのです。いい仕事をするには長生きをしなければならない」が口癖で、平和記念像をつくるのにも昭和二十六年から四年間をかけて完成させた。

1955年(昭和30年)の被爆10周年に向けた記念行事の一貫として長崎市が建設を計画し、1951年(昭和26年)に着工、1955年の8月8日に完成した。

平和祈念像は高さ9.7メートル、台座の高さ3.9メートル、重さ約30トンで、鉄骨を芯にして、青銅製のパーツの表面には純白の石膏が直付けされている。右手の人差し指には避雷針が設置されている。ブロンズ像としては世界でいちばん大きい。

「あれは四年半かかった。長崎に原爆が落ちたんで、そこに祈念碑を建てるというのがもとの起こりですから、祈念碑で長崎だけのものではダメだ。広く人々に役に立つものでないといけない考えて平和を祈る像になった。建設に対しては仏教がかっちゃいかんとか、キリスト教、神道がかってもいけないとかいろいろ注文を付けられたが、どっちにも偏らないものを創った」(同上)

西望はライフワークとして、自分の財産全部つぎ込んでも絶対に完成させる決意で取り組んだ。

 

そのつくり方は北村の独創性が発揮され世界で初めてといっていい、小さなパーツを継ぎ足していく方式。畳一枚敷きぐらいの百四個の石膏の型をつくって、鋳物を流し込んでその部分部分をつみ重ねていった。

 

上の頭から順番に石膏の型から鋳物を下に向かってつくっていき、できた順番に長崎に次々に送って104個の部品を積み上げる、いちばん最後に台のところを作って、その台の上に平和祈念塔を取りつけて全体像が設立、完成した。

 

西望は「洗心長寿」というお言葉を好んで揮ごうした。「彫刻はただ形をつくる、上手になっただけではだめだ。やはり心に何か清いとでもいうかな、非常に落ち着いて清い心でやらないと、いいものは結局できない。」(同上)

「また長生きというやつは何からきているんだかわからないですよね。医者や高徳の坊さんでも思うように長生きはできない。何かその間に無理があるのではないか。どんなことがあっても無理をしちゃいけない、怒っちゃいけないというのが私の考えなんです。」(同上)

とも述べている。

晩年、北村はきごうを頼まれると、よく「決心之大成」「洗心長寿」と書いた。
こんなエピソードが伝わっている。ある朝、北村が自分の制作した平和記念像を見にいくと、足元に一匹のカタツムリがいた。夕方もう一度像の前に行ったとき、なんと、そのカタツムリは九メートルもある像のてっぺんに登っていたではないか。いま都会の子供たちはカタツムリなど見たことないかもしれぬ。
昔は梅雨のシーズンなど、どこの木造家屋や庭や道端の雑草にもカタツムリがたくさんいた者だ。可愛い角をだして、歩いているようで一向に進むのはのろい、動きはあるようなないようなー、

それがいつのまにかてっぺんまで登っているではないか。北村は感動した。カタツムリに持続のエネルギーの驚異をみた。カタツムリを生涯の師としたのである。
百歳記念のとき、島原市、玉宝寺の聖観音像の台座に、「たゆまざる 歩み恐ろし カタツムリ」という座右銘を書き、その後も研鑚を続けた。

没年の1984年にもなお、現役でニューヨークの自由の女神と対をなす大塑像をロサンゼルスに創ることに情熱を燃やしていたその若さの秘訣は、「人生のんきに構えてあせらぬこと、いっさい怒らぬこと」だった。

北村西望いわく。

『とにかく日々継続、毎日毎日積み重ね,創造し続けていくと、カタツムリの目に見えないゆっくりした動きでも、1年、2年、10年、50年で膨大なものができていくのだ。私もカタツムリを師として尊敬している』

参考文献 北村西望「百歳のかたつむり」(日本経済新聞、1984年刊)

NHK編、「人・その世界」NHK編、日本放送協会、1977年刊)

 

 

 - 人物研究, 健康長寿, 現代史研究

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