池田龍夫のマスコミ時評⑲ 暴かれた沖縄返還「密約」・杉原裁判長が明快な「原告勝訴」の判決
ジャーナリスト・池田龍夫(元毎日新聞記者)
沖縄返還に伴う原状回復費の日本側財政負担などについて「国民に知らせぬまま負担することを、米国との間で密約していた」と、司法の場で認定したのは初めのこと。さらに裁判長は「国民の知る権利をないがしろにする国側の対応は不誠実」として、「原告に対し、それぞれ十万円及びこれに対する平成20年10月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。また訴訟費用は国側の負担とする」と、明快な判断を下した。
麻生太郎政権時代の昨年六月の第1回口頭弁論で外務省は「密約」と「文書」の存在を明確に否定する書面を裁判所に提出した。ところが、三カ月後の九月、民主党への政権交代で就任した岡田克也外相が密約調査を指示すると、国側は方針を転換。いずれの存在についても「あり」「なし」の主張を留保する戦術に出た。結審となった今年二月の弁論では、文書の存在を再度否定したものの、密約の存在については引き続き態度を表明しないままだった。その背景に、岡田外相の要請で設置された「有識者委員会」(北岡伸一座長)の密約調査に足並みをそろえ、外務省の〝聖域〟を守ろうとあがく姿勢が垣間見えた。
そこで、日米両国間で財政経済問題に関する交渉が開始されることになったが、その内容は佐藤・ニクソン共同声明には盛り込まれないこととされた。なお、福田大臣は、ケネディー財務長官に対し、大蔵省の許可を得ることなく、外務省との間で財政経済問題に関する交渉をしないよう求め、ケネディー財務長官がこれに応じたため、以後、財政経済問題については、大蔵省と米国の財務省との間で直接交渉が行われることになった」。(『判決理由』32~34㌻)
しかし、沖縄返還協定7条に規定する三億二〇〇〇万㌦という金額は本件原状回復費用及び本件移転費用に含まれており、実際には日本が国民に知らせないままこれらを負担することを米国との間で合意していたこと(密約)を示すものというべきである。また、そもそも日本政府がその存在自体を秘匿していた移転費等関連費用の物品及び役務による提供額六億五〇〇〇万㌦に言及するものである。以上によれば、日本政府としては、本件文書の存在及び内容を秘匿する必要があったものと考えられる」。(『判決理由39~40㌻』)
そして、原告我部政明本人及び弁論の全趣旨によれば,原告らは、沖縄返還から長い年月を経て、米国国立公文書館で公開された米国の公文書の中から、原告我部において多大な時間と労力をかけて本件文書と同一内容の各文書を発見した上で、沖縄返還交渉における反対当事者である日本国政府も本件文書を保有しているはずであり、また、それらに関する報告書及び公電などの文書並びに翻訳文である本件文書についてもこれを保有しているはずであると確信したこと、
原告らは、それぞれ様々な個人的な思いを持ちつつも、本件各文書の開示を先鞭とする日本政府の自発的かつ積極的な情報公開により、国民が政府の政策を正確に把握して、日本、その領土でありながら特異な状況に置かれてきた沖縄及び米国の関係を自ら考え、現在及び将来の政策に結び付けていくことこそ民主主義に資するという信念を共有していたこと、そして、今となっては、日本政府もこれに誠実に応答するものと期待して、本件開示請求をしたものであることが認められる。
そして、上記のような事情の下では、日本政府は過去の事実関係を真摯に検証し、その諸活動を国民に説明する責任を全うするとともに、公正で民主的な行政の推進を図るために最大限の努力をすべきであるから(情報公開法1条参照)、原告らのそのような期待は極めて合理的なものであり、法的にも保護されるべき期待であったことあったということができる。
換言すれば、米国国立公文書館で公開された文書を入手していた原告らが求めていたのは、本件文書の内容を知ることではなく、これまで密約の存在を否定し続けてきた我が国の政府あるいは外務省の姿勢の変更であり、民主主義国家における国民の知る権利の実現であったことは明らかである。……このような国民の知る権利をないがしろにする外務省の対応は、不誠実なものといわざるを得ず、これに対して原告らが感じたであろう失意、落胆、怒り等の感情が激しいものであったことは想像に難くない」。(『判決理由』62~63㌻)
二〇〇一年の「情報公開法」施行直前に大量の文書が廃棄された疑いはますます濃厚になってきており、当時の局長らの責任追及と役所の隠蔽体質に大胆なメスを入れなければならない。外務省は有識者委員会の「密約調査報告書」公表によって、密約問題の幕引きを図りたかったようだが、積み残した問題は山ほどある。東郷氏らの指摘を受け外務省は調査委員会を設置する羽目になり、今後、大掛かりな調査に踏み切らざるを得ない状況に追い込まれた。
情報公開等を通じて広く浸透してきた市民の知る権利の保障をより一層深めた判決に敬意を表します。…情報を得た後に、それを活かしてよりよい政治を求めていくことは、私たち市民の義務でもあります。財政密約は全島米軍基地化されている沖縄の現状と分かちがたく結びついている。この勝訴が、日米安保、在日米軍基地の問題を捉え直し、平和のために日本という国が向かうべき方向を考える、ささやかなきっかけになれば幸いです」と、〝勝訴宣言〟を公表したが、原告・弁護団一体になって、「国家権力の壁」を打ち崩した感動と、未来への期待が込められていた。
(池田龍夫=ジャーナリスト)
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