「終戦70 年」ージャーナリスト高杉晋吾氏が「植民地満州国」での少年体験を語るー防空壕に退避の母、姉、自分など7人が爆弾直撃で、ただ1人生き残る。
2015/03/03
「終戦70 年」歴史ジャーナリズムージャーナリスト高杉晋吾氏が
「植民地満州国」での少年体験を語る-1944(昭和19)年、
鞍山で自宅庭の防空壕に母、姉、自分、近所の人など7人が避難していて、
爆弾の直撃で、6人が即死、ただ1人生き残った。11歳のとき。
• 3月2日、日本を代表する社会派ジャーナリストの高杉 晋吾氏(82歳)と前坂俊之(ジャーナリスト、71歳)の間で「終戦70年、戦争体験・歴史認識を問い直す」をテーマに対談を行った。
高杉氏は国家犯罪としての戦争、えん罪、公害問題、国策としてのダム建設など硬派のテーマを一貫して追及するフリージャーナリストとして半世紀にわたって活躍、著書は『頭脳支配』『現代日本の差別構造』『日本医療の原罪 人体実験と戦争責任』『権力の犯罪 ドキュメント冤罪』講談社文庫 『地獄のゴングが鳴った(袴田事件)』三一新書 『産業廃棄物』岩波新書『循環型社会の「モデル」がここにある』ダイヤモンド社『谷間の虚構 真相・日本の貌と八ツ場ダム』三五館など約60冊以上にのぼる。
以下は、高杉さんの手記の一部の紹介である。
高杉さんは一九三三年(昭和八年)3月、秋田県生。一九三一年(昭和六年)日本は中国東北地方の侵略を開始し、満州国を作った。満州を対ソ防衛の前線基地とし、日本農村の過剰人口と貧困、凶作対策、石炭、鉄鉱などの資源確保と、食糧確保のためにとして満州移民を国策の中心的な柱とした。
高杉さんの父親は東京帝国大学法科を卒業のエリートで、大日本電力に入社、秋田、東北支社に勤務し、仕事は『電気料金を払えない農家の電線を部下を連れて切る仕事だった』と話した。部下には秋田の貧しい農家の出身者が多く『なぜ、あんな貧農の電線を切るのか?』と怨嗟の的となったという。そんな仕事に嫌気がさしたのか、昭和12年、父親は家族5人(兄、姉、)を引き連れて、満州にわたり鞍山の昭和製鋼所に転職した。昭和製鋼所は、満州における新日鉄以上のマンモス製鉄所である。
鞍山市の昭和製鋼所の社員住宅、アパート、日本人居住区にはその役職によって住んでいる地域は画然と仕切られ、泥煉瓦の中国人街とは離れた別世界で、住宅の広さには厳然たる差別構造があった。
昭和19年5月、米軍B29の鞍山空襲から避難するため自宅の防空壕に母親、13歳の姉、高杉さん(11歳)、近所の女性、赤ん坊ら合計7人が退避していた。
そこへ爆弾が直撃し、高杉さん以外の6人は即死する悲劇に見舞われた。
高杉さんが後で聞いた話によると、空襲の寸前に「母は、近所の人に「私は、今回はだめのような気がする」としきりに語っていたという。私も防空壕の中で「僕だけ生き残って皆死んでしまったらどうなるだろうね」と戯言半分に語ったことを覚えている。母は私の言葉をとがめるような、見たこともない不思議な、青ざめた表情をして私を見つめていた。だがそう語った瞬間に、その言葉の通りに爆弾は私たち目がけて落ちたのだ。
関連記事
-
-
日本リーダーパワー史(804)『明治裏面史』★『「日清、日露戦争に勝利』した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェンス⑳『ローゼンが旅順でアレキシェフ極東総督と協議』★『ロシアの対案出る―日本案を否定、日露交渉は、その第一歩から正面衝突した』
日本リーダーパワー史(804)『明治裏面史』 ★『「日清、日露戦争に勝利』した …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(183)記事再録/★「英タイムズ」「ニューヨーク・タイムズ」など外国紙が報道した「日韓併合への道』⑯「伊藤博文統監はどう行動したか」(小松緑『明治史実外交秘話』昭和2年刊)①
2015/09/03   …
-
-
『オンライン/『日中韓500年/オンライン世界史講義①』★『世界的権威ベルツの日韓衝突の背景、歴史が一番よくわかる講義①』★『明治天皇のドイツ人主治医・ベルツ(滞日30年)の『クイズ『坂の上の雲』ーベルツの『日本・中国・韓国』五百年の三国志①<日露戦争はなぜ起こったのか>
<2011/02/27 記事再録> クイズ『坂の上の雲 …
-
-
「オンライン・日本史決定的瞬間講座⑨」★「日本史最大の国難・太平洋戦争敗戦からGHQ「日本占領」と「単独講和」を乗り越えて戦後日本の基礎を築いた吉田茂首相の<国難逆転突破力>④』★『76歳でこんどこそ悠々自適の生活へ』★『1963年(昭和38)10月、85歳となった吉田は政界から完全に引退したのです』★『最後までユーモア精神を忘れず』★『享年八十九歳。戦後初の国葬で送られた』』
こんどこそ悠々自適の生活へ 1954年(昭和29)12月、「造船疑 …
-
-
日本リーダーパワー史(678)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(57) 『福島安正大佐のインテリジェンスが10年後に『日英同盟』(核心は軍事協定)締結へつながった。
日本リーダーパワー史(678) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(57) 『福 …
-
-
日中ロシア北朝鮮150年戦争史(45)『日本・ロシア歴史復習問題』★「日清戦争後のロシアによる満州強奪」―西欧列強のアジア経営と米国の極東進出、ロシアのチベット問題の謀略
日中ロシア北朝鮮150年戦争史(45)『日本・ロシア中歴史復習問題 …
-
-
F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(237)-『カショギ氏殺害事件とムハンマド皇太子の命運!』★『サウジ記者殺害、CIAがムハンマド皇太子の命令と断定』★『サルマン国王、トランプ大統領をますます窮地に追いやっている』
カショギ氏殺害事件とムハンマド皇太子の命運について、 ●<F国際 …
-
-
『オンライン講座/ウクライナ戦争と日露戦争を比較する①』★『本史最大の国難・日露戦争で自ら地位を2階級(大臣→ 参謀次長)降下して、 陸軍を全指揮した最強トップ リーダー・児玉源太郎がいなければ、日露戦争の勝利はなかったのだ。 ーいまの政治家にその叡智・胆識・決断力・国難突破力の持ち主がいるのか?』
2021/08/31『オンライン講座/日本 …
-
-
日本リーダーパワー史②・「タイム」の表紙を飾った最初の日本人は東郷平八郎
「タイム」の表紙を飾った最初の日本人は東郷平八郎 <1826(大正 …
-
-
『Z世代のための明治大発展の国家参謀・杉山茂丸の国難突破力講座⑦』★『古旅館のボロボロの6畳間で「玄洋社社主」頭山と会談、意気投合』★『才は沈才たるべし。勇は沈勇たるべし。何事も気を負うて憤りを発し、出たとこ勝負で無念晴しをするな』★『名誉を欲せず富貴を求めず終生、黒衣に徹し、国家国民のために奔走する決意を固めた』
1887年(明治20)3月。杉山茂丸(23歳)は同郷の大先輩で「怪物」「玄洋社代 …
