『各国新聞からみた日中韓150年対立史⑥』『フランスによるベトナム(安南)侵略と琉球問題を論ず』中国紙(申報)
最近の日中韓の対立のコジレをみていると、日中韓の150年戦争史の既視感(レジャビュ)がよみがえります。あと5年(2018)後は明治維新(1868年)からちょうど150年目に当たります。この間の三国関係を振り返ると、過去100年以上は対立、紛争、戦争の歴史であり、仲良くしていた時期はこの最近3,40年ほどの短いものであり、単に「近隣関係、近隣外交は仲良くしなければ」という建前論からではなく、その対立、戦争のとなった原因までさかのぼって客観的に調べなければ、何重にもモツレた歴史のネジレを解いて真の善隣友好関係は築くことができません。その意味で、150年前の対立、戦争となった事件の各国の報道をたどってみたいと思います。
●131年前の日韓第一次戦争
(1882年の壬午の変)前にフランスはベトナムを侵略、
中国紙『申報』は「『安南(ベトナム)は琉球(沖縄)
と同列ではない』と報道⑥
―中華思想「華夷秩序」の中でのベトナム(安南)と
琉球(沖縄)の位置関係
●『安南(ベトナム)は琉球(沖縄)と同列ではない』
(『申報』1882(明治15)年5月16日、光緒8年壬午3月29日)
フランスは安南≪ベトナムのハノイ地方に侵攻し,またたくまにその土地を占領すると共に,税関を手中に収めた。本紙ではこの事変に関する各種の記事を再三にわたって報道し,安南が中国にとって決して軽視できないところの重要な藩屏であることを力説してきた。
本件について次のように論ずる者もある。
「フランスが安繭に侵攻したことと,日本が琉球を侵略したことにはとりわけ異なるところはなく.日本が琉球を滅ぼして県としながらも特に何事もなかったために,フランスもまた安南に対する野望をとげようとまずハノイ地方を占領したが,これはなおその端緒に過ぎない。安南は琉球と同じく弱小であり.フランスの武力にはとうてい及ぶものではなく,日々領域を蚕食され,その趨勢必ず全土が併呑されるに至るだろう。これこそまさに中国の憂慮するところだ」。
しかし私見によれば,フランスが安南を侵略したその災禍は,日本が侵攻した琉球にまさること大である。というのは琉球は小国であって,その領域は中
国の1府ほどに過ぎないのに対し.安南はその彊域(きょういき)をならせば1000余里にも及ぶ。
このようにまず国土の大小が異なるのだ。琉球は海を隔てて孤立し,日本と近接するものの中国とは比較的遠い存在だが.安南は中国の広西,婁南の各省と隣接しており.あたかも中国の門戸のごとくだ。このように地勢の遠近もまた異なっている。
さらに琉球が中国の属国であって,王位継承のたびに中国が使者を派遣してこれを冊封していたことは安南と同様だが,やはり琉球は遠隔地であり.安南のような近接地ではなかった。
一方,琉球は日本と,安南はフランスと関係を有していた。日本とフランスを比較すると,日本は同じアジアの一国であるのに対し.フランスはヨーロッパ列強の一国だ。このように国際環境もまた異なっている。したがって.私はフランスの安南侵略と日本の琉球侵犯とを同列に論ずべきではないと思う。中国はヨーロッパ各国との通商を開始して以来,常に太平の世を共にはかるべく期待してやまなかった。
ヨーロッパ各国の多くも安泰を願うこと切なるものがあったように見受けられるが,しかし他国の情勢を的確に把握することは困難だ。外国同士の衝突はときとして起こり得ることだが.中国は元来それに関与することはなかった。思うに,直接中国に関係しないために,するがままに任せたのだ。
先の日本の台湾への出兵は,直接中国の領土を侵犯しようとして,不当に兵力
を動かしたのだから.中国はこれに対して防御処置をとらざるを得なかった。その後第三国の調停によって交戦には至らずして妥結が成り.中国は日本と対決するには至らなかった。
日本の琉球併合は,また中国を侮蔑したものとも言えようが.中国はなおもこれに寛大に対処した。琉球は弱小国であって,強大な隣国に圧迫されても自ら強国たるべく努めることができず,戦いを交えずして国家が滅亡したのだから,自らまいた種とも言えよう。
もし安南がフランス人に対して罪を犯したものでないとすると,これは全く途方もないでっちあげによって人に罪科を負わせ,それを口実に武力を行使して要害の地を奪い取ったものだ。
これこそまさに安南を蔑視するばかりでなく,中国をも侮辱するものだろう。安南がサイゴン地方においてフランスと通商を開始した当初,安南にはもとよりその対応を誤った点があり,故にフランス人に圧迫され.安南全土がフランス人の統治下に入らんとするばかりの状況にある。
しかもついに中国に対して援助を求めようとしない。
このように安南にも責められるべき点がある。しかしながらその情状にはやむを得ないものがあると言えよう。フランスがむりやり横車を通せば,その勢力はいっそう拡大するが,といって通商を行うことを許さなければ,フランスは決して甘んじて引き下がらなかっただろう。そこで当座の危急をしのぐために,その要求を認めたのだ。しかしフランスの意図には.なお測りがたいものがある。琉球が日本に圧迫されたとき.早めに手を打って中国の援助を求めることなく,国家が滅ぼされた後になって初めて援助を請うたが,時すでに遅かった。
今安南は大きな痛手を被り.茫然自失してどう対処すべきかを知らない。私が思うに安南はたとえ弱小とはいえ,その領域1000里に及び,今回喪失した地点はわずかにハノイ地方だけに過ぎない。
この機を逸せず早急に手を打てばまだ遅くはない。しかし早期に対処すべきその手段は,ただ自ら奮起し努力しで自強を図る以外はかに方法はない。朝鮮は武力を盾にした日本の脅かしを受け.やむを得ず片務的な通商条約を結んだが.日本人の朝鮮人に対する応対のありようはきわめて傲慢で高圧的であり,故に朝鮮国王は奮然として勇を奮い起こし,廷臣もこれを真剣に憂慮した。
彼らは国力伸張のためには何よりも自強が必要であり.自強のためには他国との友好が重要であることを知って,大いに通商を振興して.ヨーロッパ諸国および中国と一律に通商を行った。現在アメリカとの通商条約が締結されようとしており.中国も必ずこれを認めるだろう。
これ以降、朝鮮が次第に隆盛へと向かい.旧来の鎖国政策を一変すれば,日本もあえて不当な横車を押さず、ロシアもあえて野心を抱かないだろう。すでに各国と通商条約を結んだからには.それぞれが相互に牽制し合い,相互に保護し合って桔抗し,必ずしも朝鮮と親密ならずとも,他の国が朝鮮に対して特権的地位を得ることを認めないだろう。
朝鮮にもし、一朝有事の変が起こった際に.必ずともに国際法に照らして対処するならば,これまた自国を安定に導く方法となるだろう。最近の国際情勢は前朝とは異なる。前朝が外国との貿易を開始してより往々にして外国に欺かれ.自国の貴重な財貨が外国に流出したので,人々は皆貿易に対して警戒的だった。
しかし今は通商に関する情勢は一変しそれぞれの国が等しく利益を享受できるよぅになった。
現在は必ずしも旧来の鎖国政策に固執すべきではないのだ。朝鮮もその政策を一変したからには.必ずや新しい局面が開けるだろう。安南はただフランス一辺例の通商を求めてきたために.甚大な災難を被ることとなった。
これから見ても専ら一国のみとの偏った修好を求めるよりは,広く各国と交りを結び.その衆力を背貴に異国を牽制するという方法がよりすぐれていることは明らかだ。いま安南の君臣たちはこの方策をとり得るだろうか。要するに安南と琉球の形勢は異なり.フランスが侵略した安南の局面と日本が攻略した琉球の事情もまた異なる。
しかし,中国周辺の属邦が日々侵食されていることは同様なのだ。安南が失った地点は当面わずかに海辺の一角に過ぎない。しかしこのことがより大きな災禍への契機となるかもしれないのだ。現在安南が自らこれに対処できないのならば,中国が代わってこれに対処し自強政策を遂行すべきだ。杞憂(きゆう)と思われるかもしれないが.これが私が望んでやまないところなのだ。
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