前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『リーダーシップの日本近現代史』(106)記事再録<日本の最も長い決定的1週間> ●『東西冷戦の産物として生れた現行憲法』★『わずか1週間でGHQが作った憲法草案 ➂』★『30時間の憲法草案の日米翻訳戦争』

   

日本リーダーパワー史(357)
 
                       <日本の最も長い決定的1週間
●『東西冷戦の産物として生れた現行憲法』
『わずか1週間でGHQが作った憲法草案 ④』
 
前坂 俊之(ジャーナリスト) 
 
④30時間の憲法草案の日米翻訳戦争
 
4日午前10時からこの「3月2日」案をめぐっての日米検討会議がGHQ6階のマ元帥執務室隣の小会議室で行なわれた。松本、佐藤、白洲、外務省の長谷川らとホイットニー、ケーディス、ハッシー、ラウエルらと通訳としてベアテ・シロタ嬢も出席した。
急に引っ張り出された佐藤などはゴム長靴をはいた通勤姿で、参考書の1冊も用意してはいなかった。
 
ケーディスは、日本案をすぐさま翻訳に回し、逐次英文が出来上がるごとに検討をはじめていったが、日本案はあまりに多く修正されていたので、最初の第一条から激しく対立した。
 
「なぜ国民主権の部分がカットされているのか」とケーディスが怒り、「天皇の国事行為の『内閣の助言と同意を必要とする』という部分が、『補弼(ほひつ)を必要とする』に変えられている、内閣の「コンセント」を必要とするとの米案を単にアドバイスを意味する補弼としたのはなぜか」と、大声で怒鳴り詰問した。
 
短気な松本も一歩も引かず「補弼をアドバイスと訳すのは適当ではないと思うが、補弼なくして天皇は何らの行為も行なうことはできない。協賛の語は議会に限って用いられている」「あなたは日本語を変えるために日本に来たのか、輔弼という言葉は日本に昔からからあるものだ」と大声で反論し、テーブルがたたきあう大激論となった。
 
両者の興奮はますますエスカレートして、最後には殴り合いのケンカに発展するのではという状態で、血圧の上がった松本は午後3時前に退席して、佐藤部長1人に後事が託された。松本は健康を理由に2度と顔を見せなかった。日本側は小畑、長谷川が翻訳し、佐藤がもっぱら交渉に当った。
 
日本側草案の英訳作業が一段落した午後6時過ぎ、ケーディスは『今晩中に日本憲法の確定案を作ってしまおう。マ元帥も一晩中待っているから、日本側も協力して欲しい」の申し入れがあり、佐藤、白洲、小畑、長谷川の4人が残って徹夜で作業を続けた。
 
大テーブルを囲んで、ケーディス、ハッセー、ローウェル、リゾーのGHQ側と佐藤1人が条文一条一条を日本側が翻したものを出すと、細かい日本文の表現まで議論し、漢英辞書を首っ引きで英文草案とてらし合わせて「異議なし」とか「少し待て、ここはおかしい」とけんか腰で審議するが進められた。GHQ側は1つ1つの字句まで厳重に追及してOKを出した。
全員徹夜して1睡もしなかった。出来上がった条文は隣室で待機していたマ元帥に届けられてチェック受け、日本側も逐一、閣議の席に運ばれ入江法制局長が閣僚たちに説明した。5日午後5時半になってやっと全作業が完了して、マッカーサー元帥も承認した。
 
まさしく、30時間にのぼる日米の憲法翻訳戦争という感じだが、GHQ側が急いだのは7日にワシントンで第2回目の極東委員会が開かれるため、それまでにどうしても憲法案を完成して届けたいためだった。
 
出来上がった条文ではレッド(共産主義的)条項といわれた「土地、天然資源の国有化」は消え、一院制から二院制へと修正され、参議院に対する衆議院の優位性を認める条件付きで了承された。
 
GHQ側は第1章の天皇に関する部分、第2章の戦争の廃棄など基本的な部分については特に厳重で、前文はGHQ案の翻訳そのままにもどされ、内容も検討もされなかった。その他の技術的な部分では妥協したものの、基本的事項については一歩も譲らなかった。
 
GHQは5日中にも発表したいと伝えてきたが、幣原首相は日本語の字句の整理のために、もう1日待ってもらった。松本は「GHQの草案の翻訳だということが国民にもわからないように口語体にしたほうが良い」と主張して、閣議も了承し、佐藤はこの日も徹夜して、翻訳調、漢文調から口語体に日本文を整理し直した。
6日の臨時閣議で、全文11章95条にのぼる最終草案要綱(3月6日案)が了承され発表した。楢橋書記官長は閣僚のサインをした英文の公式草案12通をGHQのハッセー中佐に渡した。
 
1通はマ元帥の手に、残り11通は極東委員会の各国に渡すため、ハッセーすぐに特別仕立ての軍用磯でワシントンへ飛び立った。天皇の勅語と首相の談話が出た後、マ元帥は草案を無条件で承認するという次のような声明を出した。
 
 「天皇、政府によって作られた新しく開明的な憲法が、日本国民に予の全面的承認の下に提示されたことに深く満足する。この原案は、5ヵ月前、予より内閣に対する最初の指示があって以来、日本政府と司令部の関係当局の忍苦に満ちた調査と、数回にわたる会合の後に生まれた」
 
一方、発足したばかりの極東委員会(ワシントンの日本大使館に設置)は東京からの突然の「憲法草案要綱」決定の報に、寝耳に水の驚きで、だまされたと怒りを爆発させた。
 
同委員会「自分たちに憲法改正の第一次審査権がある」と主張、今後の改正採択協議に参加を要請したが、マ元帥は「同委員会は日本管理については何ら権限のない政策決定機関」にすぎない。すべての権限は独占的に連合国最高司令官に保留されている」と反駁して、米国政府をはさんで、両者の間に激しい応酬がつづいた。
 
 
この背景にはそれまで連合国として共に戦ってきた米英ソの対立が決定的となり、4日にはチャーチル英首相が反ソ連同盟を呼びかけた「鉄のカーテン」演説を初めておこなうなど、国際情勢は緊迫化し、日本の憲法改正問題はこの代理戦争の色彩を帯びていたのである。
 
もう1つマッカーサーが急いだのは4月10日の総選挙にも何とか間に合わせるためもあった。新憲法によって、マスコミ、世論の信任を取り付けて日本の保守勢力を一掃して、「日本国民の自由意思により」新憲法が受け入れられたことを証明することで、極東委員会や本国の反対を封じ込めることを狙ったのである。
 
3月8日付の東京新聞は「憲法草案と米国世論」と題して米紙の論評を紹介し「民主主義的性格に好感をもちつつも、これが日本人自身の創意より生れたものでなく、やはり上から与えられたものである」と指摘し、「新憲法にもられた民主主義的精神が日本国民の生活に浸透するまでは厳重監視の要ありとしている。」
朝日も「マ元帥の監視下に日本におきている無血革命は、新憲法草案の中に要約され公式化された」というニューヨーク・タイムス紙の記事を引用し、この憲法が「占領軍の通過後、日本に根をおろすであろうか」と報じた。
 
しかし、4月10日の戦後第1回目の総選挙では、敗戦の生活のどん底、焼け跡、混乱、食料難、インフレの中で生きるのに精一杯な当時の国民にとって憲法は関心をひかなかった。立候補者の選挙公報でも憲法草案要綱にふれたものは17%しかなく、争点にはなっていなかった。

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究, IT・マスコミ論

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
池田龍夫のマスコミ時評(25) 日本の安全保障政策転換に影響を及ぼす新安保懇報告(要旨)

池田龍夫のマスコミ時評(25) 日本の安全保障政策転換に影響を及ぼす新安保懇報告 …

no image
『F国際ビジネスマンのワールドニュース・ウオッチ①』☆『キミマロがニューヨークタイムズに登場!スゲー!』

『F国際ビジネスマンのワールドニュース・ウオッチ①』   ●『With …

no image
知的巨人の百歳学(153)記事再録★『昭和経済大国』を築いた男・松下幸之助(94歳)の名言30選」/★『松下の生涯は波乱万丈/『経済大国サクセスストーリー』● 『企業は社会の公器である』 ● 『こけたら立たなあかん』● 『ダム経営は経営の基本である』● 『経営は総合芸術である』●『無税国家」は実現できる』●『長生きの秘けつは心配すること』

  2016/12/23 記事再録/『明治から150年― 日 …

『日中台・Z世代のための日中近代史100年講座②』★『宮崎滔天兄弟が中国の近代化を推進した(下)』★『1905年(明治38)8月20日、東京赤坂の政治家・坂本金弥宅(当時・山陽新聞社長)で孫文の興中会、黄興の華興会、光復会の革命三派が合同で「中国同盟会」の創立総会が開催され、これが『辛亥革命の母体となった』

  同年9月1日、滔天は横浜で初めて孫文に会った。大陸風の豪傑を想像し …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(182)記事再録/★『高橋是清の国難突破力(インテリジェンス)②』★『「明治のリーダー・高橋是清(蔵相5回、首相)は「小さな 政治の知恵はないが、国家の大局を考え、絶対にものを恐れない人」 ★『政治家はすべて私心を捨てよ』(賀屋興宣の評)

    2019/09/25 &nbsp …

no image
『F国際ビジネスマンのワールドー・ウオッチ㊴』● 『日本球界は先発投手の球数管理を厳格に」(ニューヨークタイムズ1/22)

  『F国際ビジネスマンのワールドー・ウオッチ㊴』&nbsp …

no image
池田龍夫のマスコミ時評(41)☆『沖縄密約文書開示訴訟」原告が、外務省に質問書』

  池田龍夫のマスコミ時評(41)   ☆『沖縄密約文書開示 …

no image
73回目の終戦/敗戦の日に「新聞の戦争責任を考える②」再録増補版『太平洋戦争下の新聞メディア―60年目の検証②』★『21もの言論取締り法規で新聞、国民をガンジガラメに縛り<新聞の死んだ日>へ大本営発表のフェイクニュースを垂れ流す』★『日本新聞年鑑(昭和16年版)にみる新統制下の新聞の亡国の惨状』

 再録 2015/06/27   終戦7 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(88)記事再録/★ 『拝金亡者が世界中にうじゃうじゃいて地球の有限な資源を食い尽し、地球環境は瀕死の重傷だ。今回のスーパー台風19号の重大被害もこの影響だ』★『9月23日、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンペリさん(16)が「人々は困窮し、生態系は壊れて、私たちは絶滅を前にしているのに、あなたがたはお金と永続的経済成長という『おとぎ話』をよくも語っているわね!若者は絶対に許さない』と国連に一堂に介した各国の首脳たちをチコちゃんにかわってをしかりつけた。会場に突然、現らわれたトランプ大統領を刺すような強烈な視線でにらみつけた。。彼女にこそノーベル地球賞を与えるべきだったね』★『 今回も百年先を見ていた 社会貢献の偉大な父・大原孫三郎の業績を振り返る②」                                       つづく

2012年7月16日 /日本リーダーパワー史(281)記事再録   < …

no image
日本リーダーパワー史(151)国難リテラシー⑧元老・西園寺公望、『護憲の神様』・尾崎行雄は敗戦にどう行動したか

 日本リーダーパワー史(151)   国難リテラシー⑧元老・西園寺公望 …