<健康長寿の名言>『天才老人・禅の達人の鈴木大拙(1870~1966、九十五歳)の養生法から学べ』
『天才老人・禅の達人の鈴木大拙(1870~1966、九十五歳)から学べ』
長寿の口癖は「わしは死神と競走で仕事をする」
前坂 俊之
(ジャーナリスト)
宗教家・鈴木大拙(1870~1966)は九十五歳という長寿で、まさしく大器晩成そのものである。
大拙は日本語よりも英語の著作が多い。ビアトリス夫人の協力で英文雑誌「イースタン・ブディスト」を創刊、二十年継続して、五十七歳のときに英語論文集『禅論文集第一』を刊行、六十九歳でビアトリス夫人が亡くなると、同年に、『無心ということ』を出版。七十三歳で名著『禅の思想』を、翌年、七十四歳で『日本的霊性』を発表した。
大拙は日本語よりも英語の著作が多い。ビアトリス夫人の協力で英文雑誌「イースタン・ブディスト」を創刊、二十年継続して、五十七歳のときに英語論文集『禅論文集第一』を刊行、六十九歳でビアトリス夫人が亡くなると、同年に、『無心ということ』を出版。七十三歳で名著『禅の思想』を、翌年、七十四歳で『日本的霊性』を発表した。
国際的に大拙の名声はますます高まり、八十歳再びアメリカに渡り、これより八年間にわたってアメリカ各地の大学で禅を講義して回わり、仏教の世界的な権威となり、世界的な禅ブームが起こした。九十歳の時に、インド政府の招きで渡印して講演、九十四歳で、またまた渡米してニューヨークに滞在し、帰途にハワイ大学での国際会議に出席した。最後の最後まで現役だったのである。こうして一九六六(昭和四十一)年に九十五歳で逝去した。
その大拙の口癖は、
「わしは死神と競走で仕事をする」「仕事こそ人生なり」の生活で、九十四歳まで現役で精力的に研究に没頭した。
「死を恐れるのは、やりたい仕事を持たないからだ。やりがいのある、興味ある仕事に没頭し続ければ死など考えているヒマがない。死が追ってくるより先へ先へと仕事を続ければよいのである……」
大拙の晩年の秘書は在米日本人二世の岡村美穂子。彼女は助手として大拙が鎌倉に建てた松ケ岡文庫に住み、最晩年の大拙の身の回りの世話をおこなった。
大拙が最晩年の日々を過ごした松ケ岡文庫は、北鎌倉の丘の上にあり、百五十段以上の石段を登らねばならない。その石段を日に何度となく昇降し、その飄然とした姿は、まるで雲の上を歩く仙人のようだったという。(『知的巨人たちの晩年』稲永和豊著 講談社 1997年刊) この岡村美穂子が語る晩年の生活ぶりによると、毎朝六時半頃に起きて、夜は十二時か十二時半頃に就寝。その間、ほとんど執筆活動に専念。健康法は毎朝の冷水摩擦。それ以外は決まった日課はなかったが、家の中で二階に上がったり降りたり、庭を歩きまわり、それがよい運動になっていた。
食事は、朝はパンとオートミールに紅茶。昼はおかゆと軽いおかず。夜食はなんでも食べ、肉料理や、中華料理も。量は腹八分目が基本。
鈴木の人生観は常に前向きであった。「先生は九十になって前向きですからね。つねに新しいものの創造に心をそそがれていた。問題が起きても決してそれを恐れられない。真正面から解決しようとする。決心実に早い。ちっとも年寄りぶられない。いつも新しいことに興味を示す。新聞や雑誌でいつも最近のことに関心を持つ。いまの若い人や外人の心理 -どういうことを考えるか、どういうことを知りたがるか。そこからどう説明し、どう理解させようかと、それでつねに頭がいっぱいなのです」と岡村は語る。
「生きがいに没頭し続ければ死など考えているヒマがない。死が追ってくるより先へ先へと仕事を続ければよい……」
大拙の長寿と大器晩成の秘訣は、まさに、これであった。
一歩一歩いけばそれが終局になる。生き甲斐こそがさいごまで行くエネルギーとなるのだ。
○バカな奴は単純なことを複雑に考える
○普通の奴は複雑なことを複雑に考える
○賢い人は複雑なことを単純に考える
との名言がある。考えすぎないこと、楽天的なひと、くよくよしない人が長寿となる。生きがいこそ長寿の秘訣である。
「見る前、考えるまえに飛べ」ばよいのに、心配ばかりして、臆病となって、行動できない日本人が多すぎる。その点、自分の信念、生きがいを持って、「自分が歩いたあとに道ができる…」と独立独歩している人が遠くまで行くのである。
頼山陽(江戸後期の儒学者)は、「あなたは三十日後に死にますよ」と医者から宣告された。
山陽は残された日々を仕事に励んだ。1ヵ月たってもまだ生きていた。医者は「あと四十五日で……」と言った。なおも夢中になって働いた。ついに、最期の時が訪れた。仕事をしていた時、危篤になったが、「ちょっと一眠りするよ」と言って亡くなった。頼山陽がこの時書き残した「日本外史」こそ明治維新の原動力となったのである。
関連記事
-
-
鎌倉カヤック釣りバカ日記ー2ヵ月ぶりの鎌倉沖で30cmアジを連発、これから最高シーズンだよ①
鎌倉カヤック釣りバカ日記ー 2ヵ月ぶりの鎌倉沖で大アジを連発、これから最高だよ …
-
-
『リモートワーク/外国人観光客への京都大徳寺動画ガイド』(2014 /04/01)★『京都大徳寺』ー龍源院の石庭、枯山水の名勝庭園を参観する』★『The Beautiful Garden京都大徳寺ー興臨院の禅庭の春の特別公開を参観』★『織田信長創建の黄梅院の禅庭の特別参観』★『大友宗麟の瑞峯寺の禅庭を参観』
2014年4月1日 前坂俊之チャンネル再録 Wikiによると、 大徳 …
-
-
『鎌倉釣りバカ人生30年/回想動画録』⑬『10年前の鎌倉沖は豊饒の海だった』★『Severe winter in KAMAKURA SEA』『老人の海』=『ラッキー!大カサゴのお出ましじゃ』
2011-02-17 記事再録 =『Severe winter in KAMAK …
-
-
世界/日本リーダーパワー史(963)ー2019年は『地政学的不況』の深刻化で「世界的不況」に突入するのか』②『米中貿易戦争は軍事衝突に発展する可能性はないのか?・』
世界/日本リーダーパワー史(963) 米中貿易戦争は軍事衝突に発展す …
-
-
「逗子なぎさ橋珈琲店テラス」からみた「冬の富士山ベストビュー」(2025 /12/26-27pm700)
<逗子海岸、鐙摺(あぶづり)海岸、葉山マリーナから見た富嶽36景>
-
-
『百歳学入門(206)』-『プロスキーヤ・三浦雄一郎(86歳)と父・三浦敬三(102歳)の世界スーパーマン親子物語➀』★『雄一郎は70歳、75歳でエベレストに登頂成功』●『敬三は77歳でキリマンジャロ登頂、88歳でヨーロッパ屈指のオートルートを完全踏破、99歳でモンブランスキーで滑降の鉄人親子』
『百歳学入門(206)』ー 三浦さん、エベレストに登頂、史上最高齢80歳の夢実 …
-
-
この夏の思い出/稲村ヶ崎サーフィン総集編ー台風15号のビッグウエーブ、明日はもっとスゲーゼ!』★『サーファー勇士たちが大波と格闘し、迫力満点だったよ。』
この夏の思い出/稲村ヶ崎サーフィン総集編 稲村ガ崎サーフィン速報(831/ …
-
-
『長寿逆転突破力の時代へ』★『人生折返し後半戦の50 ,60. 70 ,80からのスタートダッシュの研究』
[ 清水寺貫主・大西良慶(107歳)の『生死一如』12訓★『 人生 …
