知的巨人たちの百歳学(108)ー『世界天才老人NO1・エジソン(84)<天才長寿脳>の作り方』ー発明発見・健康長寿・研究実験、仕事成功の11ヵ条」(下)『私たちは失敗から多くを学ぶ。特にその失敗が私たちの 全知全能力を傾けた努力の結果であるならば」』
2019/08/21
再録・ 百歳学入門(96)
「史上最高の天才老人<エジソン(84)の秘密>
前坂 俊之(ジャーナリスト)
⑧発明家の生涯には助産婦がいなくてはならない。
よきライバルを持て。
⑨エジソンの人種偏見のない、リベラルな性格で、日本人を愛した。
➉「私たちは失敗から多くを学ぶ。特にその失敗が私たちの
全知全能力を傾けた努力の結果であるならば」
⑪未来へのビジョンを持つ、将来に信仰を持ちなさい、前進しなさい
臨終の言葉――「将来に信仰を持ちなさい。前進しなさい。私は人々のためにするだけのことはした。もう思い残すことはない。ブルーに輝いた美しい国の人々が待っている。さようなら」
第8条 発明家の生涯には助産婦がいなくてはならない
敵も味方も多かったエジソンだが、最大の味方は自動車王・ヘンリー・フォードだった。フォードは21歳でエジソン照明会社の主任技師になり、50歳のエジソンに出会った。
フォードがガソリン自動車を製作したのを知ったエジソンは、フォードにしつこく説明を求め、自動車開発の可能性について議論した。最後にエジソンは
「君の勝ちだ。根気よくやりなさい。電気自動車は発電所の側に置かねばならないし、蓄電池は重すぎる。蒸気自動車もうまくいかない。君の自動車は完備している。」と折り紙を付けた。
この日以来、ふたりの友情は30年以上、エジソンの死ぬ日まで続く。フォードは自分の本社のあるディア・ポーンにエジソンの記念館を建てたほどである。
一方、エジソンのライバルの筆頭といえば、グラハム・ベルだろう。
電話を先に発明したのはベルだったが、彼の電話は話すのと開くのが同じ口からなっていた。
そして人の声に必ず弱い電流が流れ、聞き取りにくかった。しかし、エジソンの電話では開くのと話すのが別々の口で、電流の弱点もなく、長距離にも耐え
られる長所を備えていた。
エジソンとベルの電話の競争はヨーロッパでも展開されたが、エジソンの圧倒
的勝利に終わっている。
第9条 エジソンの人種偏見のない、きわめてリベラルな人間。許可された日本人
1905年から6年間、エジソン研究所に勤務した日本人技術者に岡部芳郎がいた。当時のアメリカの有色人種に対する偏見には根強いものがあったが、エジソンは、
「彼は私の秘密の研究所にも出入りを許している唯一の研究員と、岡部の才能を高く買っていた。そこにエジソンの人種偏見のない、きわめてリベラルな一面が見える。
松下幸之助はそんなエジソンを一番尊敬し、大きなエジソンの銅像を、本社内に建立、周囲より一段と高くそびえている。
エジソンは独学で6か国語を話した。研究のために外国の文献を読むには、他国の言語に習熟する必要があったのだ。
「エジソンは一度読んだら、まるで写真に撮ったようにその文を覚えてしまった」との証言がある。
第10条「私たちは失敗から多くを学ぶ。特にその失敗が私たちの
全知全能力を傾けた努力の結果であるならば」
エジソンはアインシュタインとも親しかった。研究に失敗した時も彼らは落胆せず、「私たちは失敗から多くを学ぶ。特にその失敗が私たちの全知全能力を傾けた努力の結果であるならば」という前向きの考え方を共有していたからである。
しかしエジソンは、一方でアインシュタインに対してライバル意識も持っていた。当時、物理学界で議論の的だったエーテルの研究に着手し、このように語っている。「空間、時間、幾何学についての発見は出来ても、彼はエーテルについての権威ある見解は未だ発表していないさ」
第11条―未来へのビジョンを持つ、将来に信仰を持ちなさい、前進しなさい
60才になったエジソンにある記者が質問した。
「いつになったら研究をやめるんですか」
『70歳にでもなれば、ハイカラなボタンのついたチョッキでもきてみよう。75歳になったら、トランプを覚えて、80歳になると女性と馬鹿話でもしてみようか』
「85歳を超えたら、朝晩、きちんと礼服を着て食堂に出る。それで90歳になったなら…いや、待て待て、私は30年以上先のことは考えないようにしているんだ」とエジソンはジョークを交えて答えた。
歳とることにはまったく無頓着に、若い時の全身発明家の情熱を持続した。
70歳代になったエジソンには、周囲から研究の時間を16時間に減らすようにと何度も勧められたが、仮眠をとっては、起きていおる間は働くというやり方は生涯変わらなかった。
多くの逸話を残したエジソンだが、未来予測としてこんな言葉を残している。
「これから先の科学文明において、人類最大の友は太陽で育った植物である」。未来戦争は兵士が登場しない科学兵器によって取り行なわれるであろうと言った彼の、自然と調和して生きろという勧めだ。
100年後の現在、広がりつつある「植物工場」「ロボット兵器」「無人飛行機」をすでに先取りしていたのである。
彼は死者からの使いを伝える占い板に注目し、科学的な心霊研究に着手している。晩年には経営から身を引くが、研究所にこもり死者との交信の実験(霊界との通信機の研究)を続けた。1931年(昭和6年)10月18日、84歳8ヵ月でその偉大な生涯を終えた。
彼の臨終の言葉は
第12条 「将来に信仰を持ちなさい。前進しなさい。私は人々のためにするだけのことはした。もう思い残すことはない。ブルーに輝いた美しい国の人々が待っている。さようなら」
関連記事
-
-
日本リーダーパワー史(556) 「日露インテリジェンス戦争の主役」福島安正中佐⑥単騎シベリア横断、日露情報戦争の日本のモルトケ」とポーランドは絶賛
日本リーダーパワー史(556) 「日露インテリジェンス戦争の主役」福島安正中 …
-
-
『オンライン講義/日本資本主義の父・渋沢栄一(91)の研究』★「百歳生涯現役・晩年の達人」のノーハウ』★『76歳で完全に実業界から引退、86歳以後、社会的貢献事業は50』★『、いかなる不幸に会おうともそれが人生なのだと達観し、決して物事に屈托せざるが私の健康法です』
渋沢栄一は100年前に「強欲欲資本主義」から『公益資本主義」を提唱、実践し先駆的 …
-
-
名リーダーの名言・金言・格言・苦言(21) ◎『まず思え』(稲盛和夫)『事業は“一三”である。一つのものを三つ売れ』(小林一三)
<名リーダーの名言・金言・格言・苦言 ・千言集(21) 前 …
-
-
日本メルダウン脱出法(655)「日本が外国人労働者に見捨てられる日」「「日本は今こそ労働時間改革を」(英FT)
日本メルダウン脱出法(655) ◎◎「日本が外国人労働者に見捨てられる日 …
-
-
Z世代への遺言「東京裁判の真実の研究②」★『敗戦で自決した軍人は一体何人いたのか』★『東京裁判ではA級戦犯の死刑はわずか7人、BC級裁判では937人にものぼり、下のものに圧倒的に重罰の裁判となり、「復讐の裁判」との批判を浴びた』★『戦陣訓』で、捕虜になるより自決を強制した東条英機の自殺失敗のお粗末、無責任』
『リーダーシップの日本近現代史』(124)ガラパゴス日本『死に至る病』 &nbs …
-
-
速報(328)『日本のメルトダウン』『最悪の核施設 六ヶ所再処理工場の排出規制、海底から放出し海洋汚染(小出裕章情報3本)
速報(328)『日本のメルトダウン』 ◎『7月26日 最悪の核施設 …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史]』(30)記事再録/大震災とリーダーシップ・日立創業者・小平浪平の決断力 <大震災、福島原発危機を乗り越える先人のリーダーシップに学ぶ>
日本リーダーパワー史(138) 大震災とリーダーシップ・日立創業 …
-
-
『台風16号での鎌倉稲村ケ崎サーフィンの衝撃的映像(2012/9/30am7)』★『ビッグウエーブにサーファーが2,3m吹っ飛ばされ、ひと飲みにされる恐怖の一瞬!
台風16号での鎌倉稲村ケ崎サーフィンの衝撃的映像(2012/9/3 …

