福沢諭吉の「韓国独立支援」はなぜ逆恨みされたか⑤ー朝鮮での最初の新聞「漢城旬報」を発行、清国からテロの危険が迫る
2015/01/01
「日本開国の父」『アジア開国の父』の福沢諭吉
の義侠心からの「韓国独立支援」はなぜ
誤解、逆恨みされたのかー
福沢の一番弟子「井上角五郎伝」から読み解く⑤
<孤軍奮闘して,朝鮮で最初の新聞「漢城旬報」を発行したが、
朝鮮を属国扱いの清国はこれに激怒し、テロの危険が迫ってきた>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%9F%8E%E6%97%AC%E5%A0%B1
<以下は「井上角五郎先生伝」(同伝記刊行編纂会、昭和18年12月刊 、570非売品)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%B8%8A%E8%A7%92%E4%BA%94%E9%83%8E
の『第2章、韓国顧問時代』(42-44P)から、転載する>」
苦心惨憺、10ゕ月後に朝鮮で最初の新聞「漢城旬報」を発行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%9F%8E%E6%97%AC%E5%A0%B1
先生は外衛門の顧問に就任すると、執務の傍ら頻りに新聞発行の必要を力説したので、協弁金允植氏がその計画の大要を見せてもらいたいと云った。先生は早速、漢城判弁金晩植氏と相談して次の様な計画案を作って示した。
① 新聞は旬報とし、毎十日に一度発行の事
➁ 官報を第一とし、内外の時事をあわせて載記する事
➂ 人智を開発し、殖産を奨励し、その他風教上必要なる論説を載記する事
④各官衛・高等官ならびに中央・地方の各面に義務購読を命ずる事。その他の購講に対してはその料金を低くする事
⑤編集事務の諸員は総べて官員とし、内外の事情に通じる者、文学の素養を有する者を採用する事
⑥差向きは漢文のみとする事
⑦局員一切の俸給・諸給は外衛門がこれを支出し、その他の費用は漢城府、これ之を支弁する事
この案を提出すると、事は存外容易に決定して、新たに「博文局」と称する官衛を置く事となった。博文局の官制は、広く教育事務を掌るものと定めたけれども、差向き新聞発行の事務に併せや海外事情に関する著実なす事のみに限られ、総裁は組は外街門督弁閔泳穆とし、副総裁を漢城判弁金晩植とし、外国の事情に通じる者を入れて主事・司事の官名を授け、先生がその主任となり、先生の住居をそのまま局舎にあてて先づ新聞を発行する事となった。
新聞は「漢城旬報」と題し、第一号には「朝鮮開国四百九十二年輿末十月初一日、総理衛門博文局発行」と署してある。
これは我が明治十六年十一月の事で、朝鮮に於ける新聞紙発行の囁矢である。
体裁は四六倍大の美濃紙二十四頁の冊子で、全部4号組の漢文である。欄は国内官報・国内私報・各国近事・論談等に分け、各国近事の欄に放て世界各国の近状を述べて割合に多くの頁を費し、国内私報の欄に放ては日常生活に必要な新知識を輿へることに努めていた。
先生はこの事を早速、福沢翁に報告し、且、真に血を以て刷り上げた「漢城旬報」を送った。先生にとっては何物にも代へ難い喜びであって、渡韓以来十ヵ月にわたる身命を賭しての苦闘もこれに依って酬いられる感があった。やがて翁からも、満足と激励をこめた手簡がきた。その中には
「其御地新聞紙は第二号で御送致被下、着々皆可なり。一向一心に御勉強奉祈候。或は材料の為に海外の新聞紙購求の事も緊要ならん、又随て英文翻訳の人物も入用ならん,追々紙面に絵を挿む事も韓人の耳目に新らしき工風ならん、
或は朝鮮の仮名文字にて近浅なる理学医学の道理を知らせ、又は滑稽洒落文杯も妙ならん、とにかくに仮名は早々御用相成度、漢文のみにては区域狭くして埒明不申、実は仮名文を以て朝鮮の旧主義をも一転致し度事共なり。日本にて古論を排したるは独り通俗文のカとも可申、決して等閑に看るべからざるものに御座候」
と、朝鮮の仮名文字、即ち諺文の使用を勧めている。
しかし、「漢城旬報」が一度社会に出ると、朝鮮人の中にも反対があったが、殊に支那人側の激昂は甚しかった。
当時、朝鮮に対しては清国が支配権を持っているかの如く思っているにかかわらず、日本人井上角五郎の手に依って朝鮮の官報が発行されるということ自体が既に彼等にとっては何としても堪え難い屈辱であった。
そこで西教伝播の具であるとか、日本の宣伝機関であるとか、種々の非難攻撃が先生の1身に集まった。中にも『易言」と題した書冊を著し旬報の発行を非難して、之を全国に配布したものがあった。
果ては市内の所々に「井上角五郎を誅戮せよ」という貼紙を見るに至った。先生がある日市中を散歩していると前の方に支那兵が銃創の先に何か紙片を突き刺して歩いているので、近づいて見ると、その紙片には「井上角五郎」と大書してあった。もとより捨身の先生は、是等のことを目撃しても別に恐怖を感じる事はなかったけれども、この一ヶ年は殆んどこうした危険にさらされ通しであった。
しかも「漢城旬報」は二号、三号と進むに随って・漸く世間からもその必要が認められ、事務も攻第に整備して来たのである。
つづく
関連記事
-
-
『Z世代のための歴代宰相の研究③』★『日露戦争を勝利した世界史上空前の宰相・桂太郎の国難突破力③』―「その後,『日英同盟』の破棄と「日独・日中同盟」を孫文と提携した秘密会談の内容』★『孫文の秘書通訳・戴李陶が『日本論』で発表(1928年)した』
2022/11/29/ 日本リーダーパワー史(1232)記事再録 …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(52)記事再録/日本風狂人伝⑳日本最初の告別式である『中江兆民告別式』での大石正巳のあいさつ
『中江兆民告別式』での大石正巳のあいさつ …
-
-
知的巨人の百歳学(152 )人気記事再録/<東京で歩いて百歳めざす健康長寿階段ナンバーワンはここじゃよ?ー百歳生涯現役実践入門ー地下鉄永田町駅です』★『鎌倉天然自遊人の朝食はー粗食が長寿元気の秘訣、ゼイタクは健康の敵』』
★「東京で歩いて百歳めざす健康長寿階段ナンバーワンはここじゃよ?ー …
-
-
『日米戦争の敗北を予言した反軍大佐/水野広徳③』-『その後半生は軍事評論家、ジャーナリストとして「日米戦わば、日本は必ず敗れる」と日米非戦論を主張、軍縮を、軍部大臣開放論を唱えるた』★『太平洋戦争中は執筆禁止、疎開、1945年10月に71歳で死亡』★『世にこびず人におもねらず、我は、わが正しと思ふ道を歩まん』
日米戦争の敗北を予言した反軍大佐、ジャーナリスト・水野広徳③ &nb …
-
-
★『アジア近現代史復習問題』福沢諭吉の「日清戦争開戦論」を読む』(8)「北朝鮮による金正男暗殺事件をみると、約120年前の日清戦争の原因がよくわかる」●『京城釜山間の通信を自由ならしむ可し』(「時事新報」明治27年6月12日付』★『情報通信の重要性を認識していた福沢』●『朝鮮多難の今日、多数の日本人が彼地に駐在するに際して、第一の必要は京城と我本国との間に通信を敏速にすること』
★『アジア近現代史復習問題』 福沢諭吉の「日清戦争開戦論」を読む』(8) 「北 …
-
-
『オンライン/サーフィン』史上最大級の台風10号九州接近中の稲村ケ崎サーフィンー稲村ケ崎先端100m沖の逗子側のポイントでビッグウエーブが立っていた、プロ級を含め約50人がチャレンジ!すごい迫力満点だね!』
前坂俊之チャンネル、鎌倉サーフィンチャンネル 『速報①』史上最大級の台風10号接 …
-
-
★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < アメリカ・メルトダウン(1059)>トランプ大統領半年間のお笑い暴走暴言運転の支離滅裂。「ロシアゲート事件」「パリ協定離脱」で世界から見捨てられ空中分解、 墜落過程に入った。
★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < アメリカ・メルトダウン(1059) …
-
-
日本メルトダウン脱出法(768)「債務の貨幣化:日本の解決策、経済的リスクの詰まったパンドラの箱」(英エコノミスト誌)」●「中国・韓国が日本との関係改善に追い込まれた事情」
日本メルトダウン脱出法(768) 債務の貨幣化:日本の解決策 経済的リスクの …
-
-
お勧めの歴史本1冊―2012年1月号『歴史人』(「日清・日露戦争の真実」特集号)
お勧めの歴史本1冊― 2012年1月号『歴史人』(「日清・日露戦争の真実」特集号 …
-
-
『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ(154)』 『イスラエルに魅せられて再訪(2016/1)」レポート(4) 『ベエル・シェバ(Beer Sheva)から死海(Dead Sea) を目指す』死海に到着し、ソドム山を見上げながら、創世記に伝わる「ロトの妻の塩柱」の異様に驚く。
『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ(154)』 『イスラエルに魅 …
