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池田龍夫のマスコミ時評(28)「抑止力」一辺倒の危うさ-  新防衛大綱の「動的防衛力」

   

池田龍夫のマスコミ時評(28)
 
「抑止力」一辺倒の危うさ  新防衛大綱の「動的防衛力」
 
ジャーナリスト・池田龍夫(元毎日新聞記者)
 
 尖閣諸島や北方四島帰属問題など、海洋国・日本の周辺海域でのトラブルが続発、さらに黄海での韓国哨戒艦沈没、北朝鮮の延坪島砲撃事件も重なって、北東アジアに不穏な空気が醸成されている。米ソ冷戦構造の終焉から二十年、〝新たな脅威〟除去が、新年の重大課題になってきた。
 
北朝鮮は故金日成主席の生誕百年、金正日総書記が七〇歳となる二〇一二年を「強盛大国」と位置づけ、〝強面(こわもて)外交〟を執拗に展開している。韓国でも同年四月の総選挙、十二月の大統領選挙が決まっており、両国とも二〇一一年早々から政治的駆け引きが過熱化するだろう。さらに一二年の中国は胡錦濤主席から習近平氏へのトップ交代、米国とロシアでも大統領選挙があって、〝激動の時代〟到来が注目されている。
 
 一方、日本の内外にも難問が山積している。菅直人政権は、手詰まり状態の普天間基地移設を打開できるか。さらに尖閣諸島沖・中国漁船領海侵犯事件で右往左往した日本外交の拙劣さを、国民の多くが危惧している。それに加え、与野党の中傷合戦に終始する国会論議に〝政治不信〟は高まり、「暗黒の昭和十年代」への回帰を心配する時代状況と言っても、過言ではあるまい。
 
特に、昨年末決定した「防衛計画の大綱」(防衛大綱)、大規模な日米合同軍事演習(韓国はオブザーバー参加)を見て、「日・米・韓軍事協力」強化へ向かう菅政権の姿勢が読み取れる。
 
  南西諸島の防衛態勢を強化
 
政府が六年ぶりに改定した「防衛大綱」は、北東アジアの現状を反映して、日米同盟の深化、米・、韓・豪との多国間協力を強調。特に軍事力増強・海洋進出を進める中国に対し「地域や国際社会の懸念事項となっている」と明記、自衛隊配置を南西諸島へシフトする方針を盛り込んだ。
 
東アジア地域は、軍事力増強いちじるしい中国、北朝鮮の核・ミサイル開発など不安定な安全保障環境にあることから、従来の「基盤的防衛力構想」から脱却し、多様な脅威に機動的に対応する「動的防衛力」の整備を新たな概念として打ち出した。
 
具体的には、南西地域の防衛態勢を強化するため、警戒監視や洋上哨戒、弾道ミサイル防衛(BMD)など海・空の防衛力整備に重点を移している。
 
特に島しょ部を「自衛隊配備の空白地域」とし、「必要最小限の部隊を新たに配置する」ことも盛り込んだ(与那国島などへの陸上部隊配置)ことが注目される。PKO参加五原則の緩和へ向け「あり方を検討する」方針を打ち出したが、「武器輸出三原則」見直しは、菅首相が連携を求めた社民党に配慮して盛り込まなかったものの「国際共同開発・生産にかかる装備品等の海外移転の円滑化を図る」との表現でぼかしたと受け取れる。
 
「新防衛大綱」(2011~15年度)の根幹は「日米同盟の深化」で、「抑止論」に基づいていると思われる。米ソ冷戦終結後の安全保障環境が劇的に変化しているのに、旧来の「軍備による抑止→封じ込め」戦略に固執し過ぎていないだろうか。
 
「冷戦期、米ソは明確に敵対していた。だが今日、米・中・日は生存のためお互いを必要としている。経済の相互依存の深まりが抑止戦略をどう変化させるのか、検証が必要だ。冷戦終結後米国は、中東と北東アジアで二つの主要な地域紛争に同時に対応する構想を打ち出した。
しかしそれは今、イラクとアフガニスタンへの派兵の長期化で、事実上崩壊した。一方、「イラク」後の米軍の海外展開の全体像は見えてこない。同盟のあり方も、基地の提供からカネの負担、さらに自衛隊の派遣と焦点を変えてきた。同盟のコストをどこまで負うのかの検証も必要だ。
 
『海兵隊が抑止力』という本質的な意味は、いざとなったら海兵隊を使うということだ。例えば、中国が台湾に進行した場合、海兵隊を投入すれば米中は本格的衝突になり、核使用に至るエスカレーション・ラダー(緊張激化のはしご)も動き出すかも知れない。米国にとってそれが正しい選択なのか。日本は国内基地からの出撃を事前協議でイエスと言うのか。
 
……アジア諸国の中にも海兵隊のプレゼンスを望む声がある。米当局者もアジアの多様な課題には海兵隊が必要だと言う。だがそれは沖縄でなければならない理由にはならないし、本来の意味での抑止力でもない。日米安保条約改定から半世紀が経過した。しかし、戦略的従属性と基地負担という二つのトゲの解消は今なお同盟にとって最大の課題となっている。『普天間』は、その両方を象徴するテーマと言える」。
 
柳澤協二氏(防衛研究所特別客員研究員)が『朝日』オピニオン面(10・1・28朝刊)に寄せた論稿は、事の本質に迫る問題提起だ。防衛庁勤務を経て内閣官房副長官補(04~09年)として活躍された安全保障の専門家だけに、その指摘には一層の説得力がある。
 
『動的防衛力』の新概念は日本への限定的な侵略に備える『基礎的防衛力』構想に代わるものだ。尖閣諸島で起きた中国漁船と巡視船の衝突事件や北朝鮮による韓国への砲撃事件で、北東アジア情勢が緊迫したことに乗じ、削減圧力にさらされる自衛隊の組織防衛と防衛省の省益確保の思惑が見え隠れする。
 
……中国への警戒感の高まりを追い風にする形で、『南西諸島の島しょ防衛強化』が喧伝され、与那国島への陸自200人配備を皮切りに実行に移されようとしている。南西諸島での自衛隊増強は中国を刺激し、軍事対立すら招きかねず、無用な緊張を高めて逆に地域の安保環境を悪化させる恐れがある。
 
南西諸島を中国からの防波堤と見立てるキナ臭い案は、米軍基地を過重に抱える沖縄をさらに軍事要塞化するもので、到底受け入れられない」と、琉球新報(12・7社説)は指摘している。政治主導は影を潜め、政府内・国会内での議論もほとんどないまま、防衛官僚主導で「防衛大綱づくり」が進められる状況に危うさを感じるのだ。
 
日米韓の大規模演習は緊張を増幅
 
北朝鮮による韓国・延坪島(ヨンピョンド)砲撃(2010・9・7)に対抗し、米国と韓国は十一月二十八日から四日間、黄海で合同軍事演習を実施。次いで十二月二日から八日間、日米共同統合演習を行った。
 
韓国哨戒艦が黄海で爆発・沈没し、四十六人の死者・行方不明者を出したのは三月二十六日。沈没原因はなおナゾに包まれており、南北関係が急速に悪化した。それに追い討ちをかけるような砲撃事件に衝撃を受けた。日米韓三国が、立て続けに演習を実施したのは北朝鮮への示威行動であり、南シナ海の緊張が高まっている。
 
尖閣諸島沖での中国漁船と海上保安庁巡視船衝突が起きた海域周辺に、米海軍と海上自衛隊の艦艇が終結し実戦さながらのリアルな光景が繰り返しテレビ放映され、危機感を煽っているようにも感じた。この合同演習は日本周辺海域と空域で行われ、日米合わせて約四万五千人、艦艇約六十隻、航空機約四百機が出動、過去十回の中で最大規模の演習だった。韓国海軍がオブザーバーとして初参加したのも威嚇行動の一環で、中国を牽制する狙いがあるとみられる。
 
しかし、大規模演習によって国際社会が期待するほど北朝鮮や中国に圧力をかけることができるだろうか。中国メディアは「(演習の)仮想敵国は中国」などとも報じており、東シナ海や日本海を「対立の海」にしてはならないと、切に思う。
 
六カ国協議を通じ〝和平圧力〟を
 
 「朝鮮半島の緊張を緩和させるには、やはり北朝鮮への影響力を持つ中国の役割が大きいと言わざるを得ない。先の日米韓三カ国外相会議声明も、北朝鮮に六カ国協議共同声明を順守させるための中国の努力に期待を表明している。中国は韓国砲撃事件を受け、『朝鮮半島の平和・安定を守ることは関係各国の共同責任』として六カ国協議の首席代表による緊急会合を提案している。
 
しかし、北朝鮮が挑発的言動を続ける中でそれに応じる選択肢があろうはずはないだろう。クリントン米国務長官が会見で、中国の提案を評価しながらも『まずは北朝鮮が挑発的行動をやめなければならない』と述べたのは当然だ。
 
三カ国外相声明はロシアとの協力強化の必要性を盛り込んだ。前原外相が会見で『三カ国対三カ国にならず、五カ国が一致して北朝鮮に働きかけることが重要だ』と述べたのは的確な指摘だ。ロシアも北朝鮮説得に汗を流すべきだ」という『毎日』社説(12・8朝刊)の指摘は尤もで、〝軍事圧力〟でなく、〝和平圧力〟構築を目指した国際的連携を切望している。
 
        (池田龍夫=ジャーナリスト)
 
 ▼参考資料
2011年から5年間の防衛力整備を示した「中期防衛力整備計画」の骨子
  [基幹部隊見直し]
1、陸上自衛隊は戦車・火砲の縮減を図り、即応性、機動性を向上させるため、師団などを改変。南西地域の島しょ部に沿岸監視部隊を配置。
1、海上自衛隊は潜水艦増勢に向け措置。
1、航空自衛隊は那覇基地を2個飛行隊化する改編を行う。
1、計画期間末の常備自衛官全体の定数は、2010年度末水準から2000人程度削減し24万6000人程度とする。
[主要事業]
1、周辺海空域の安全を確保。
1、島しょ部への攻撃、サイバー攻撃、ゲリラや特殊部隊の攻撃、弾道ミサイル攻撃に対応。
1、複数の事態が連続的、同時に起きても迅速対応できる態勢を整備。
[所用経費]
1、計画実施に必要な防衛関係費総額の限度は、23兆3900億円の枠内で決定。
1、予見し難い事象への対応など、特に必要と認める場合には、安全保障会議の承認を得て、1000億円を限度に措置。
                   ◇
 [新防衛大綱の別表から見る陸海空自衛隊](カッコ内は2004年大綱)
▽ 陸上自衛隊
・ 定員 15万4000人(15万5000人)
・ 戦車 約400両(約600両)
・ 火砲等 約400門/両(600門/両)
   ▽海上自衛隊
・護衛艦 48隻=うちイージス艦6隻(47隻=うちイージス艦4隻)
・潜水艦 22隻(16隻)
・ 作戦用航空機 約150機(約150機)
▽ 航空自衛隊
・ 作戦用航空機 約340機(約350機)

うち戦闘機  約260機(約260機)

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