『リーダーシップの日本近現代興亡史』(231)/2020年は終戦75年目ー『昭和史の大誤算を振り返る』★「国を焦土と化しても」と国際連盟脱退した「昭和最大の外交大失敗」を冒した荒木陸相、森恪、松岡洋右のコンビと、それを一致協力して支持した新聞の敗北』★『日本は諸外国との間で最も重要な橋を自ら焼き捨すてた」とグルー米駐日大使は批判した』
終戦70年・日本敗戦史(135の続)の記事再録
<世田谷市民大学2015> 戦後70年 7月24日 前坂俊之 ◎『太平洋戦争と新聞報道を考える』
<日本はなぜ無謀な戦争をしたのか、どこに問題があったのか、
500年の世界戦争史の中で考える>⑱
国連盟脱退で「日本は諸外国との間で最も重要な橋を自ら焼き捨すてた」とグルー米駐日大使は批判した。
≪以下は前島省三大阪毎日外信部長、のち立命館大教授「昭和軍閥の時代」(ミネルヴァ書房、1969年刊)から、引用させていただいた。国際連盟脱退のいきさつについて、これほど簡明かつ正確に記述しているものが少ないので転載させていただいた。≫
「国を焦土と化すとも」ー国際連盟脱退したのは何のため
昭和7(1932)年3月、満州国がその第一歩を踏み出すすこし前から、国際連盟の活動が活発になった。連盟シナ調査委員、イギリスのリット卿が横浜に着いたのは7年2月29日。これを出迎えた作家木村毅は、恐らく大した業績は期待できまいと、『東京日日』に書いたが、リットン卿は4月に満州へ入り、6月に北京へ帰って報告書の作成にとりかかり、9月26日、これを日華両国へ手交した(10月3日公表)。リットンの見解を裏書するかのように、昭和七年六月、特命全権大使として日本へやってきた駐日アメリカ大使グルーも、国務長官宛に極秘の手紙を書いている。
「委員達は一致して日本の満州における行為が二つの虚偽の前提に基づいていることを発見しました。すなわち、①自衛の議論、②満州の自意決定の議論であります。委員会は満州事変の鉄道爆破、それ以後のすべての事件が日本人自身の手によって綿密に計画され、実行されたことを満足のいくまで立証しました。委員会はこのカイライ国家の建設が極東を平和化するどころか、将来、対中国、ソ連戦をひきおこしアルザス・ローレンの場合よりもさらに悪質な領土併合主義の実例となるものと考えます(32年7月16日『滞日十年』上巻)。
知日派の指導者として、一貫して対日宥和外交につとめたグルーも、本心では日本政府のたちの悪い軍国主義的侵略の本質を見抜いている。そしてグルーが見透していたとおり、第六三臨時議会(七年八月二三日~九月五日)では、政友会森恪の満州国承認論に調子を合わせて、外相内田康哉はこういった。
「満州事変というものは、我国の自衛権の発動に基づいたもので、この問題のためには、国を焦土にしても主張を貫徹することにおいて一歩も譲らない決心をもっております」。
満鉄総裁から斎藤内閣の外相に転じたこの熊本生れの外交官は、かつてはパリの不戦条約会議で全権をつとめ、戦争防止のためにすこしは努力したこともあるのに、今はうって変って、目隠しされた馬車馬のように世界の情勢が目に入らない。
内田外交の使徒は、いが粟頭の松岡洋右である。山口県生れの松岡は、アメリカ・オレゴン大学を卒業して外交界に身を投じた、大正20年、退官して政友会代議士に転身、昭和二年、田中義一首相にひきぬかれて満鉄副総裁になった。上海領事官補のとき三井物産支店長山本条太郎に接近し、元三井銀行取締役早川千古郎が総裁のとき満鉄理事になったことをみても、松岡の三井臭は身についている。
9月15日の満州国承認という既成事実をバックにして、2月18日、ジーネーブに入った国連日本代表松岡は、二月三日、理事会で演説し「リットン報告書では満州国が日本人の発意によって建設されたごとく述べておりますが、これは日本を誣(し)いるも甚だしい」と批判した。
もちろん、中国代表顧維均は、こんな弁解に同意しない。討論は続けられ、23日の第二回会議ではこんなやりとりがあった。
松岡-「田中首相の上奏文(いわゆる田中メモランダムのこと)は捏造である。日本は中国の発展は妨害しない」
顧維均-「田中上奏文は捏造でもよい。問題はそれにのべられている根本思想である。それには田中内閣の積極政策が明瞭にあらわれている。あれが偽作ならば、日本人の作ったものだ」。
一二月九日、臨時総会がひらかれた。英・独・仏・伊など老獪な大国は、日本に宥和の手をさしのべようとし、スウェーデン、チェコ、スペイン、アイルランド自由国などは、あくまで連盟の規約を貫らぬくハラであった。
つまり、「日本の行動は合法的な自衛手段とは認められない、満州国建国は自然発生的な運動の結果とはみとめられないと主張する」
- これに対して、日本代表松岡は、まったく大胆に世界の与論を無視して大見得を切り、軽卒にも連盟脱退をほのめかした。松岡が大胆にふるまったのは、政友会の強硬派のリーダー森恪の後楯を頼みにしていたからである。荒木貞夫陸相-森-松岡らは疑いなくトリオをくんでいたといってもよかろう。
大国イギリスはさすがに老巧で、やんわり下手に出て、日本をおさえようという魂胆であった。かつて1839年から42年にかけておこなった阿片戦争いらい、かずかずの侵略を中国に対しすねにぎずのある身だからある程度、日本の侵略を黙認しようとしたことは事実である。
また日本政府や有識者、ブルジョアジーとしても、全部が、盲減法のはねあがりではないから、渡りに舟山とばかりこれに妥協しようとする素ぶりを示した。
西園寺以下の重臣層はことにそうであった。元老のなかで、最もにらみを利かせている西園寺は、10月、側近の原田熊雄にこう語った。
「以前、ロンドン条約のときも話したことだが、日本は英米と一緒になって采配の柄をふるっいることが、結局、世界的地位を確保する所以である。フランスやイタリアと一緒になって、采配の先にぶらさがっているのでは、どこに日本の世界的に伸展すべき余地があろうか。伊藤博文公はじめ、自分たちは、東洋の盟主たる日本とか、アジア・モンロー主義とかそんな狭い気持ちのものでなく、むしろ、「世界の日本」という点に着眼してきた。東洋の問題にしても、やはり英米と協調してこそ、その間におのずから解決しうるものがある」(『原田日記』(昭和七年一〇月二日)。
軍部はもちろん西園寺らの穏健な常識論に耳をかさない。それどころか、「連盟脱退辞せず」(8年1月22日)などと気勢をあげる始末であったが、また脱退論を固めるために、先手をうって、8年1月3日、突如、大勝負に出た。中国人が「天下第一の難関」と唱える山海関を攻めおとし、ついで内蒙古の熱河へも軍隊を送りこんだのである。
二月九日の閣議で、荒木陸相に対して高橋蔵相は、「近頃、日本の外交はまるで陸軍がひきずっているような形で、新聞などはすぐ脱退だ、なんて騒ぎ立て、外交に関してすぐ声明したりなんかするのか」と詰問した。
。荒木-「いや、あれは新聞が出すので、陸軍が宣伝するんじゃぁない」。
高橋-「要するに知らんふりして書かせておくのが怪しからん」。
荒木陸相といえども長老の高橋には勝てず、返事に窮した。
昭和8年(1933)年2月24日の総会で、リットン報告が42対1票(日本のみ)で採択されると、松岡は、彼1流の芝居じみたゼスチャーで退場した。その後はもはや一潟千里だ。
8年2月25日の臨時閣議で国際連盟脱退方針が決定され、ついで三月一〇日には諮詢案が完成した。(この日、陸軍が万里の長城の攻撃をはじめた)
三月一六日、諮詢に関する枢密院の第1回審査委員会が開催され、ついで二七日、内田外相からドラモンド連盟事務総長宛に脱退通知書が送られた。国民に対しては詔書が喚発され、官報に発表された。
大正デモクラシーの音頭取りであった朝日新聞でさえも、軍部の尻馬にのってこんな馬鹿々々しい社説を書いた。
「吾人は今日の日本の脱退が連盟に一大教訓を与え、その世界平和使命遂行についても反省と悔悟の機会の生ぜんことを希望しておかねばならない」。「世人は往々、連盟脱退以後の我が外交を孤立外交と呼ぶものもあるが、これほど甚だしい認識不足はないのである。……ありていにいうと、近年、我外交はあまりに不振であった。今日を機において面目をほどこし、以て大躍進に向うべきにおいては、脱退も始めて意義ありというべきであろう」(8年3月28日)。
さすがにアメリカ大使のグルーはよくみていた。「日本は諸外国との間で最も重要な橋を焼き捨すてる手段に出た。これは日本の穏健分子の根本的敗北と軍部の完全な優越をあらわす」。
これよりすこしさき、日本外交に「まわれ右」の号令をかけ、連盟脱退の最も強力なプロモーターなった政友会森格は、急性肺炎にかかり、昭和7年12月11日鎌倉・海浜ホテルの1室で、謀略政治にとりつかれた47歳の生涯をあっけなく閉じた。
関連記事
-
-
日本メルトダウン( 990)–『トランプ次期米大統領の波紋』● 『[FT]世界貿易の現実に直面するトランプ氏 貿易主導、中国は力不足』★『アジア太平洋情勢:米国と中国のロマンス? (英エコノミスト誌11/19)』●『トランプ次期米政権も南シナ海の「主導権」追求へ、中国が分析』★『トランプ政権が日本に突きつける「2%」の試練』●『コラム:米国でヘイトクライム急増、トランプ氏は何をすべきか』●『迷走する原発事故の賠償・廃炉費用の負担 無責任体制を断ち切り原発を「一時国有化」せよ(池田信夫)』●『君の名は。 タイ、香港でも興収首位 アジア4冠達成』
日本メルトダウン( 990)–『トランプ次期米大統領の波紋 』 [F …
-
-
世界、日本メルトダウン(1037)– 『4月29日でトランプ大統領は就任100日』●『軌道修正を迫られているトランプ大統領』★『ビジネスマン・素人トランプ氏は100日たって、だんだん大統領職になれてきている兆候がみえる』
世界、日本メルトダウン(1037)– 4月29日でトランプ大統 …
-
-
日本史1000年の歴史を変えた最初の女性総理大臣(尼将軍)・北条政子の改革実現力①『承久の乱―日本史上最大のピンチを救った「伝説の演説」★『危機管理能力に長けた「稀代の政治家」として再評価されている』(動画付き)
2026年は、北条政子が没した1225年から数えてちょうど800年の節目にあたる …
-
-
『50,60,70歳のための晩年長寿学入門(93)★『エジソン(84)の<天才長寿脳>の作り方①」★『発明発見・健康長寿・研究実験、仕事成功10ヵ条①』★『生涯の発明特許件数1000以上。死の前日まで勉強、研究、努力を続けた生涯現役研究者ナンバーワン』
2015/01/01百歳学入門(93)再 …
-
-
『アジア3国の―最新ミステリーとは⑤「シンガポール」「マレーシア」「ベトナム」の謎々クイズだよ、答えは
アジア3国の―最新ミステリーとは・・⑤ …
-
-
日中韓異文化理解の歴史学(4)<最重要記事再録>日中のパーセプションギャップ、コミュニケーションギャップの深淵』★『(日清戦争開戦1週間前ー「戦いに及んでは持久戦とすべきを論ず」(申報)』★『120年前の日清戦争で近代科学思想、合理的精神の西欧列強に一歩でも近づこうとした日本と、1000年にわたる封建的、儒教精神の旧弊で風水の迷信に凝り固まった「中華思想」、メンツから一歩も発展していない清国(中国)が戦端を開いてみれば、どんな結果になったか ー新聞『申報』のバックナンバーを読むとよくわかる。』
2014/09/09の記事再録 『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 …
-
-
「Z世代のための日本リーダーパワー史研究』★『「電力の鬼」松永安左エ門(95歳)の75歳からの長寿逆転突破力①』★『昭和戦後の日本が敗戦によるどん底から奇跡の復活を遂げたのは松永安左エ門(95歳)が電力増産の基盤(水力発電ダム)と9電力体制を万難を排して実現したことで高度経済成長が実現した』①
2021/10/05「オンライン・日本史決定的瞬間講座 …
-
-
名リーダーの名言・金言・格言・苦言(15)『経営にとって人格者ほど危ないものはない』(伊藤忠兵衛)『退一歩・進一歩』(大倉喜八郎)
<名リーダーの名言・金言・格言・苦言 ・千言集(15) 前 …
-
-
リクエスト再掲載/日本リーダーパワー史(331)空前絶後の参謀総長・川上操六(44)鉄道敷設,通信設備の兵站戦略こそ日清戦争必勝のカギ 「坂の上の雲」の真の主人公「日本を救った男」
日本リーダーパワー史(331)空前絶後の参謀総長・川上操六(44)鉄道敷設,通信 …
-
-
日中ロシア北朝鮮150年戦争史(45)『日本・ロシア歴史復習問題』★「日清戦争後のロシアによる満州強奪」―西欧列強のアジア経営と米国の極東進出、ロシアのチベット問題の謀略
日中ロシア北朝鮮150年戦争史(45)『日本・ロシア中歴史復習問題 …
- PREV
- 『リーダーシップの日本近現代興亡史』(230)/「厚労省の不正統計問題」は「不正天国日本」を象徴する事件』★『大本営発表ではウソの勝利を発表し、戦果は米戦艦、巡洋艦では一〇・三倍、空母六・五倍、飛行機約七倍も水増した』★『昭和の軍人官僚が国をつぶしたように、現在の政治家、官僚、国民全体が「国家衰退、経済敗戦」へ転落中であることを自覚していない』
- NEXT
- 『リーダーシップの日本近現代興亡史』(232)/『ロボット大国日本のAIロボットはどこまで進化したか』★『今から5年前の「2015国際ロボット展」(動画5本再録)と比較してみよう』ー石川正俊東大教授、FUNAC,THK,KAWASAKIのロボット展示ブース、プレゼンを見た』
