日本リーダーパワー史(113) 初代総理伊藤博文⑨暗殺を聞いた瞬間の山県有朋の談話『龍顔を拝して涙下る』
26日の午後三時頃ぢや。突然三井の益田孝(ますだたかし)から電話が掛って、『伊藤公は今日の午前九時に無事ハルピンへ安着された相です』と云ふて来たから、人もあらうに益田が何の為めに、知らせるのかと実は不思議でならなかった。何うも事実とは思へん。けれどもこうわざわざ言ふて来た所を見ると、何か異変があったに相違ない。兎も角も出掛けて聞かうと思って早速、馬車を用意し念のため、もう一度外務省へ聞き合わせると、まさしく伊藤は狙撃されて重傷ぢやと云ふ。驚いて直ぐ外務省へ駆付けた。
其内に古谷の電報が桂の所へ着て居るといふので、今度は桂の家へ駆付ける。ここで古谷からの電報も見、-凶変の模様も詳しく解ったから、
是はこうして居る場合ぢや無いと思ふて、廿七日に参内した。其途中も気が気で無い。何と申して奏上致す可きものか、御慰め申す可きかと、胸中を往来する苦煩は何所までも止度(とどめ)がない。

吾輩の如きは真に天下の穀潰(ごくつぶ)しぢや。其の有用なものは逝き、無用な者は徒らに残って、医師などに勧められて、夏は涼しい所へ行き、冬は暖かな所へ行くと云ふ様ぢやから従って用も無い長生をするのぢや斯んな役にも立たん死骸は一刻も早く死んで了ふ方が、余程国家の為めなのぢやがなあ!
公がみずから出馬する事を聞いて吾輩は直ぐ公を訪ふた。

自分ではこうして呑気に山野を遊んで居るが、一夜静かに瞑目して、彼を思ひ此を思ふと、何んとも云へぬ悲痛の感が胸中に盗れ来る。吾輩も最う老いた。
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