日中北朝鮮150年戦争史(13)日清戦争の発端ー陸奥宗光の『蹇々録』で読む。 日本最強の陸奥外交力⑥『北朝鮮は世界最悪の人権弾圧国家、腐敗国家であり、李氏朝鮮が今も続いているとみれば、納得できる。』●『朝鮮事情』(ダレ著、東洋文庫)『〝生き地獄″を生きた李朝朝鮮の農民たち』
2016/07/14
日中北朝鮮150年戦争史(13)
日清戦争の発端ー陸奥宗光の『蹇々録』で読む。
日本最強の陸奥外交力⑥
北朝鮮は世界最悪の人権弾圧国家、拷問国家、腐敗国家であり、李氏朝鮮時代が今も延々と続いているとみれば、納得できる。
北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書 http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000078673.pdf
「北朝鮮人権白書」と特別報告書の拘.禁施設について」 http://www.asahi-net.or.jp/~fe6h-ktu/news8204.pdf
北朝鮮、公開処刑された住民は約1400人…韓国当局が報告 http://dailynk.jp/archives/47749
北朝鮮、5年連続で「世界最悪の腐敗国家」に http://dailynk.jp/archives/60489
以上の記事を挙げるまでもなく、この『前近代的・封建国家』は、日本が『韓国併合』(1910年(明治43年))をして、近代的な国家づくりと近代法の整備をするまえの状態に逆戻りしているということ。
李朝時代の監獄と残酷な刑罰
当時の朝鮮社会について、アーソン・グレブストの『悲劇の朝鮮』(1989年 白帝社)によると、「朝鮮はきわめて盗賊の多い国家で、城塞(ソウル)の外で夜を過ごすことは大変危険だった。ソウルの外廓には人命を喝の命ほどにも思わぬ山賊やならず者で溢れていた」(80P)と記されている。 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2463/higeki.htm
李朝末期の司法は、拷問で自白させ、賄賂(わいろ)が横行していた。判決は賄賂の多少によって 決められた。ただでさえ牢屋が不十分で、近代的監獄がなかったので、犯人は答刑(むち打ち刑)にするかあるいは処刑される者が多かった。
というのは、犯人が収監されると、食事や収容施設に経費がかかるからだった。死刑執行所は、監獄内にはなかったので、曝し者にされる以外の者は、たいてい近くの山中の松の樹や椚の樹に吊るして処刑された者が多かった。 朝鮮総督府は、大正八年から文化政治を実施し、この非人道的な刑罰を廃止して、近代法治国家としての監獄をつくった。」(黄文雄『歪められた朝鮮総督府』32P)
日本では明治6年〈1873〉6月に『改定律例』」によって、欧米の近代刑法の影響を受けて、刑罰を簡略化して残酷な刑を廃止している。
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東学党の乱など、農民一揆、百姓一揆が連発した日清戦争前の 李朝時代の朝鮮社会は、一体どのようなものであったのか。
ーー黄文雄の前掲書では、次のように解説している。 『李朝時代の朝鮮社会は、ソウルを中心に、七万もある完結した閉鎖的といわれる村にょって、構成されていた。
村と村の間は孤立していたから、むしろそれが統治しやすい要因となった。 大きい州に橋を架け、道路をつくるのは、統治者にとってむしろタブーであった。統一新羅(シルラ)が朝鮮半島統一後、朝鮮を中華帝国の属国としてずっと保つことができたのは、むしろその交通不便にあったともいえる。 このような孤立的な村々は、むしろ『礼記』「礼運編」にある 「大同世界」の桃源郷として、「鶏犬相聞こゆ、人は死に至るまで往来しない」ような原始的理想郷であった。』(同26P)
『このような強度の自給自足的経済生活が、長期にわたり墨守された結果、逆に文化生活の発達が阻害され、農産物の多様化、商品としての生産を著しく遅らせる原因となったのだろう。
中央集権体制国家の中華帝国にならって、さらに極端な中央集権体制を敷いていた「小中華」は、すべての国富をソウルに一極集中し、牢固たる村国家をつくったものの、国富のシンボルであるはずのソウルは、決して「栄華の都」ではなかった。
いかに時代の流れに取り残されていたのか、数多くの記韓が残されている。』(同26P)
つづく
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