前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

記事再録/知的巨人たちの百歳学(132)『数百億円を投じ仏教を世界に布教した沼田恵範(97歳)

   

 

2015年4月11日/百歳学入門(110)

世界が尊敬した日本人

数百億円を投じ仏教を世界に布教した沼田恵範(97歳) 

前坂 俊之(ジャーナリスト)

日本だけではなく世界中のホテルの客室に各国語版の「仏教聖典」の冊子が置いてあるのを見かけた人は多いのではないか。

この仕掛け人が世界トップの精密測定器械メーカー「三豊」の創業者の沼田恵範である。

http://www.mitutoyo.co.jp/

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%BC%E7%94%B0%E6%81%B5%E7%AF%84

これまで私財数百億円をつぎ込んで世界中のホテルなどに仏典760万冊を寄贈する一方、欧米の有名大学に仏教講座を開設するなど、仏教を世界に普及させることに97歳の全生涯を捧げた稀有な仏教経営者である。

世の中に金もうけだけの会社はごまんとある。儲けの一部を社会に還元する会社も少なくない。沼田のやり方は全く逆。

まず、最初に仏教を世界に布教させたい。そのためには金がかかる。では、会社を興して、もうけた金を世のため人のためにつかう。そう考えて独創的な会社を作って、世界のトップ企業にのしあげ、その利益を仏教伝道につぎ込んだのである。

沼田は1897年(明治30)4月、広島県東広島市の浄土真宗の寺の三男として生まれた。19歳で本願寺が募集したアメリカ留学生として渡米し、ハワイ、ロサンゼルスなどで苦学生活を経験、1928(昭和三)年 31歳でカリフォルニア大学バークレ―校(UCB)大学院(景気変動・統計経済)を修了して帰国した。

内閣資源局の役人となり、昭和11年 39歳で本格的なマイクロメータの国産化を目指し「三豊製作所」(現・ミツトヨ)を設立した。その創業理由がおもしろい。「日本で出来ず、百%米国からの輸入品で同業者の仕事を奪うこともないから」

数多くの困難を克服して精密測定機の開発に成功、昭和戦後は高度経済成長の波に乗って、「工業・機械輸出王国日本」の基盤を支える総合精密測定機器メーカーのトップに成長、国内では90%以上、世界では40%以上のシェアを占める売上高1千億円の大会社に発展させ、「世界のミツトヨ」と呼ばれるまでになった。

この成功をバックに1965(昭和40)年、68歳の沼田は満を持して、世界に仏教を布教するための財団法人「仏教伝道協会」を設立した。「仏教だけが他宗教の国を攻めたことのない平和な宗教です。仏教の不殺生の教えを世界に広めたいのが沼田の念願でした」と同財団事務局長・古澤勝浩氏は語る。

同協会には三豊の商標権と特許権を寄付して、年間売り上げの1%から3%が自動的に入る仕組みを作った。沼田は三豊の経営から、同協会の運営に99%の力を注いだ。

それから40年余。仏教聖典は44ヵ国語に翻訳、世界63ヵ国、11,000軒以上のホテルに累計約760万冊を寄贈した。昭和57年からは「大蔵経」(85巻、8万ページ)の英訳出版の事業を開始し、現在までの英訳は36巻。世界の伝道拠点も世界各地12ヵ所に。海外寺も米国ワシントンDC,メキシコ市、ドイツ・デュッセルドルフ市に計4寺建立するなど、大きく浸透している。1990年には仏教の不殺生戒による、植物性のタンパウ食品を普及するために湯葉の製造工場まで作った。

沼田も健康長寿、生涯現役を自ら実践した。90歳すぎても元気一杯で、鶴見の自宅から、車には乗らず、なるべく電車、バスを乗り継いで、伝道協会まで歩いて通勤していた。

93歳の当時の日課は「起床すると5,6分体操。今度は真っ裸になって冷水摩擦。パンツ1枚で庭でラジオ体操。この後10分から20分は読経する」と雑誌で紹介されている。身近で接してきた古澤氏は「生活は質素そのもの、食べ物も不殺生で、トウフが大好きでしたね。仏恩報謝で仏教を広めたいという悲願が健康長寿につながったと思います」という。

沼田は1994年5月 97歳で大往生した。日本では企業倫理、哲学をもった経営者は数少ないが、明治の渋沢栄一や、大正期の大原孫三郎らに匹敵する独創的な仏教経営者である。今、ますます「ものが栄えて、心が滅ぶ」時代になった。平和を念願し、長寿を達成した達成した沼田の人生は見事というほかない。

  2008,10,10 月刊「歴史読本」に発表

 - 人物研究, 健康長寿, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
『オンライン講座/日本陸軍の失敗研究』★『大東亜戦争敗因を 陸軍軍人で最高の『良心の将軍』今村均(大将)が証言する①』★『第一次世界大戦後のパリ講和会議で、日本は有色人種への「人種差別撤廃提案」を主張、米、英、仏3国の反対で拒否され、これが日本人移民の排斥につながった』★『毎年100万人以上の人口が増加する日本はアジア・満州に移民先を求めたのが、満州事変、日中戦争の原因になった』

日本リーダーパワー史(711)  Wiki 今村均陸軍大将 https …

no image
日本リーダーパワー史(378) 日中韓三国志・『林董の「日本は開国以来、未だかつて真の外交の経験なし」

 日本リーダーパワー史(378)  <日中韓150年三国志― …

『地球環境破壊(SDGs)と戦った日本人講座』★『約110年前に足尾鉱毒事件(公害)と戦かった田中正造①』★『鉱毒で何の罪もない人が毒のために殺され、その救済を訴えると、凶徒という名で牢屋へほう込まれる。政府は人民に軍を起こせと言うのか。(古河市兵衛)こんな国賊、国家の田畑を悪くした大ドロボウ野郎!」と国会で「亡国論」の激烈な演説を行い、議場は大混乱した。』★『ただ今日は、明治政府が安閑として、太平楽を唱えて、日本はいつまでも太平無事でいるような心持をしている。これが心得がちがうということだ』

  22016/01/25世界が尊敬した日本人(54)月刊「歴史読本」 …

no image
知的巨人の百歳学(126)『天才老人/禅の達人の鈴木大拙(95歳)の語録』➂★『平常心是道』『無事於心、無心於事』(心に無事で、事に無心なり)』★『すべきことに三昧になってその外は考えない。結果は死か、 生か、苦かわからんがすべき仕事をする。 これが人間の心構えの基本でなければならなぬ。』

 記事再録/百歳学入門(41) 『禅の達人の鈴木大拙(95歳)の語録』 …

no image
知的巨人たちの百歳学(184)再録ー『一億総活躍社会』『超高齢社会日本』のシンボル・植物学者・牧野富太郎(94)植物学者・牧野富太郎 (94)『草を褥(しとね)に木の根を枕 花を恋して五十年』「わしは植物の精だよ」

    2019/08/26 の記事再録&nbsp …

★『オンライン講座・吉田茂の国難突破力③』★『吉田茂と憲法誕生秘話ー『東西冷戦の産物 として生まれた現行憲法』★『GHQ(連合軍総司令部)がわずか1週間で憲法草案をつくった』★『なぜ、マッカーサーは憲法制定を急いだか』★

★『スターリンは北海道を真っ二つにして、ソ連に北半分を分割統治を米国に強く迫まり …

『オープン世界史講座』★『ウクライナ戦争に見る 歴史的ロシアの恫喝・陰謀外交の研究⑨』日露300年戦争(5)『露寇(ろこう)事件とは何か』★『第2次訪日使節・レザノフは「日本は武力をもっての開国する以外に手段はない」と皇帝に上奏、部下に攻撃を命じた』

  2017/11/19 /日露300年戦争(5)記事再録 前坂 俊之 …

no image
▼百歳学入門(90)平櫛田中(107)の気魄元気ー『長寿の歌・お迎えが来たときにゃ、追い返せ節』

 <百歳学入門(90)       前坂俊之    >   …

no image
百歳学入門(103)スーパー老人、天才老人になる方法—アンチエイジング、 健康長寿の最新ニュース6本

百歳学入門(103) スーパー老人、天才老人になる方法—アンチエイジング、 健康 …

no image
日本のメルトダウン(533)●「アベノミクスへの信頼感を試す消費増税(英FT紙)◎「再稼働説を支える3つの神話と1つの真実」

   日本のメルトダウン(533)   …