日本リーダーパワー史(385)児玉源太郎伝(7)「インテリジェンスから見た日露戦争ー膨張・南進・侵略国家ロシア」
2016/03/05
児玉源太郎伝(7)
① 5年後に明治維新(1858年)から150年を迎える。18,19世紀の欧米各国によるグローバリズム(帝国主義、植民地主義)に対して、『明治の奇跡』を興して、軒並み植民地化されたアジア、中東、アフリカの有色人種各国の中で、唯一独立を守り通したのが<明治日本>なのである。
② 世界的歴史家のH・G・ウエルズヤアーノルド・トインビーは『明治日本の躍進は世界史の奇跡である』として賞賛しているが、肝心の日本は自国の歴史を知らず、自画像を喪失している情況である。
③ <明治の奇跡>が<昭和の亡国>に転落していく<日本の悲劇>のダイナミズムを知らずして、明日の日本、未来像は見えてこない。
前坂 俊之(ジャーナリスト)
「インテリジェンスから見た日露戦争」
① 戦いにおいて重要なのは「インテリジェンス」、それ以上に重要なのは『ロジスティックス』である。大部隊を朝鮮に投入するために日本郵船(近藤簾平社長)に依頼し、大型船10隻を1週間でチャーターして先発隊に間に合わせた。あとは児玉次長が国内船舶の調達と大部隊の膨大な武器、軍需、食糧物資の輸送をぬかりなく手配し鉄道―船舶によって朝鮮へピストン輸送した。
② 情報通信でも川上、児玉、逓信省通信局長・田健次郎が協力し、東京―下関間の直通電信線、釜山―ソウル間の電信線、鴨緑江の海底電線を布設、派遣軍に附随する電信隊、郵便隊の人員、材料を準備させた。
③ 地理統計、測量課は清国(中国)と朝鮮の戦場となると予想される地域には情報部員、その他を送り込んでひそかに測量し、二十万分一縮尺の地図を作った。日露戦争でのロシア側の地図の精度を大幅に上回わった。
④ これに対して、清国側の対日インテリジェンスはどうだったのか。
『清国は日本を弱小国とみていた。明治維新後の歴代駐日公使の報告では、「日本は西洋文明の模倣に浮身をやつして財政は困難を極め、民党(野党は政府に反抗し、国内の結束力は著しく弱い、国力・経済力・兵力などあらゆる面からみて、清国の勝利は始めから疑う余地がない)』(日本近代戦争史①日清、日露戦争編、東京堂出版、平成7年)だった。
⑤ モルトケはひまさえあれば敵前視察して情報収集したが、川上もこれにならい日清戦争1年前の明治26年4月から7月にかけて、参謀本部員(伊知地幸介、田村怡与造、柴 五郎ら)数名をつれて清国、朝鮮に行った。
北京・天津・上海・南京などを回り軍隊の訓練や兵器製造工場・砲台まで視察した。清国の政界、軍隊の腐敗堕落の実態をつぶさに見て、特に鉄道が全く未整備でロジスティクス(輸送網)がないので「恐るにたらん、足のない兵隊など全く動けない」と勝利を確信した。この時、日清戦争で戦うことになる敵将袁世凱とも会見し「川上将軍は一世の人傑なり」と激賞させているほどである。
⑥ 川上はモルトケ方式で自らの後継者を田村怡与造と決めていた。田村の頭脳をフルに活用してメッケルから教わったドイツ式の「歩兵操典」『野外要務令』『「兵站勤務令」を児玉とも協力して日本式に消化して作り、日清戦争前に急きょ完成印刷、梱包したものを、出兵の船便に間に合わせるという早業であった。
⑦ モルトケの要諦は「はじめに熟慮。おわりは断行」で、川上は文字通りこれを実践した。徹底して研究準備して機先を制して、日清戦争の開戦に踏み切った。開戦と同時に、大本営(最高統帥機関)を広島に設置し、明治天皇は広島大本営に移り、川上は大本営陸軍上席参謀兼兵站総監として、実質上の陸海軍の全軍を指揮したのである。
統帥権の独立、一本化、シビリアンコントロール(大本営メンバーに伊藤博文らを加えた)を見事に貫いた。太平洋戦争の場合の大本営は陸海軍が対立、協力せず2元統帥のバラバラで、文官を排除したシビリアンコントロールの不在、軍部内の下剋上の勃興と統帥権失格だったのである。
⑧ 川上が見事に統帥権を発揮したのは 現地に派遣された陸軍トップの第一軍司令官山県有朋大将が大本営の命令に従わなかった際「統帥権干犯」 として即時解任を提案し、伊藤博文、明治天皇の了解をとり、病気療養という名目で帰順させたことである。昭和史の失敗は統帥権干犯を逆解釈で盾にとった軍部の下剋上だったが、これは統帥権を見事に貫いた日本近代史での唯一のケースであり、川上の抜群の決断力とインテリジェンスを示している。
以上、川上の統帥術についてはまだたくさんあるが、ここでは紙数を省く。
このように「日本のモルトケ」川上参謀総長の知謀によって日清戦争は完勝で終わった。ところが,好事魔多し。ロシア、ドイツ、フランスが手を組んで、日本が勝ち取った戦利品をピストルをつきつけて「放棄しなければ、戦うぞ」と武力威嚇してきた。弱肉強食時代の武力干渉『三国干渉』に日本はホールドアップを余儀なくさせられた。
勝利のあとの一転悲哀、「臥薪嘗胆」に追い込まれる。日清戦争(明治27)から日露戦争(明治37)の『臥薪嘗胆』の苦節十年に川上はほぞを噛みロシアを第一仮想敵国とし国家戦略を練りに練り直していったのである。
膨張・南進・侵略国家ロシアの正体は・・
もともと、寒冷大国ロシアは地政学的、本能的に南下、東進膨張主義が内在している。暖かい南の地と不凍港をもとめて過去400年間、ユーラシア大陸で侵略政策を続けてきた。クロパトキン将軍は『戦争国家ロシア』の中で「ロシアは18、19世紀の200年間で平和は71年8ヵ月、その他の128年4ヵ月は戦争に費し、外国との戦争は33回」と書いており、なんと1日約100キロのスピードで領土拡張してきた。
そのロシアは明治24(1891)年にモスクワからウラジオストック(東方を制圧せよという意味)を結ぶシベリア鉄道(総延長8470キロ)の建設に着手した。シベリア鉄道も最初はバイカル湖を列車を船に乗せてわたる計画だったが、冬季には凍結するため、迂回する軌道をつくり、この完成が明治38年にずれ込んだ。この完成時期が日露戦争勃発と踏んだ川上は『先手必勝』で作戦を練った。
川上参謀総長は全知全能を傾け対ロ戦の情報収集、師団増強、軍備の増強のため野党の自由党首領の河野広中を説得して議会対策を行い、賛成を取り付けるなどフル回転した。日清戦争から5年経過した明治32年5月に全身全霊をうちこみすぎたのか50歳で急死する。燃え尽きたのである。殉死と言っもよい。
このあとは、田村が予定通り参謀次長に座り、川上プロジェクトを着々と実行していく。明治三十六年六月、ロシア陸相クロバトキン大将が日本の敵前視察に乗り込んできて、国内は恐露病パニックで状態となり、開戦不可避の情勢となった。
参謀本部(参謀総長・大山厳元帥)は対ロ作戦計画の準備を徹夜でやり始めたが、その中心にいた田村次長(少将)は極度の疲労のため、これまた36年10月に急死してしまう。48歳。日露開戦わずか3ヵ月前のことである。
相次ぐ参謀本部次長(計画責任者)の殉死に参謀本部は色を失った。ロシアは手をたたいて喜んだ。後継者がいない。後任人事は困難を極めた。
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