「タイムズ」などからみた「日中韓150年戦争史」(60)『(日清戦争開戦4週間後)-『日本の朝鮮侵略(上)』
2015/01/01
『「申報」「タイムズ」からみた「日中韓150年戦争史」
日中韓のパーセプションギャップの研究』(60)
1894(明治27)年8月28日英『タイムズ』
『(日清戦争開戦4週間後)-『日本の朝鮮侵略(上)』
世界を不思議がらせ驚かせる見世物を何か日本が工夫したとしても.今回の突然の朝鮮攻撃にまさる効果は得られなかっただろう。
首都占領から丸1か月たった今でも,日本の動機や目的については曖昧な憶測が取りぎたされているだけなのだ。初め人々は早まって.中国軍が朝鮮の暴動鎮圧に出動したことが.反撃に出る口実を日本に与える願ってもない挑発行為となったのだと結論した。
中国政府自身.そういう印象を持っていたようだ。しかし,日本は自国の行動についてそうした口実を言い立てなかったという事実を置くとしても,反乱地域に近い朝鮮沿岸に中国軍が上陸したのと.首都の港に日本軍が上陸したのは同時だったのだから,現実的に見て日本軍の出動は中国軍の出動の結果ではあり得ないことが明白だった。
このことが明らかになると.さまざまな事情が思い出されてきた。それらの事情が疑問の余地なく指し示していたのは,朝鮮侵略は3年前に決定されてい
たこと.それ以後秘密裏にどんな細かい点をも網羅した詳細な作戦計画が練り上げられていったことだ。
道路と河川をすべて記載し.河川については渡河地点に印をつけ,水深と川幅を記入した,朝鮮全土の軍用地形図が作成された。川幅に正確に合うだけの舟橋用の舟が用意され.政府の倉庫で移送を待っていたふひと言で言えば,朝鮮を完全に征服するための軍事的準備はすべて整っていたのだ。
昨年,物静かだが有能な政治家である北京駐在日本公使が,より下位にあたるソウル宮廷へ転出し,6,7か月在任した。この異動はそれ自体,役職の観点からして.クローマー卿ほどの実績を持つ高官をエジプト駐在総領事という名ばかりの官職に任命するにも等しい異例のできごとで,関係各国が実際に示したと思われる以上の関心を集めて当然の重大な意味を含んでいた。
大鳥氏はソウルで時をむだにしなかった。朝鮮には高位にある人々を含む相当大きな勢力の親日派が存在し,ここから日本公使に正確な内部情報が伝えられ.ここを通じて日本の考えは各国代表に知られることなく伝達することができる。大鳥氏にはまた,日本の商人や投機家が朝鮮政府に対して持っている苦情を収集し選別するという重要な職務があった。
大鳥氏は,こういう種々の情報をもとに日本政府の行動基準となる筋書を用意したと推論せざるを得ない。ソウルでの在任期間中からソウルを離れた後も彼はさまざまな役人と真剣な協議を何度も重ねたが.彼らは実際のところ今回の軍事作戦で重要な役割を果たしている。
これらの役人が,大鳥氏との協議のために任地からソウルへ,当局との協議のために東京へと飛び回ったのは理由のないことではない。朝鮮に関係のある日本の役人の間で,1894年の早春-反乱の情報が伝わる前-にこの特異な動きがあったことは全く知られていなかったわけではないが.だれも理解できるはずのない事柄という範恥こ追いやられてしまったらしい。
遠征隊を派遣するという日本政府の決定が非公式ながら一般に知らされたのは6月3日のことで.それから1週間もたたないうちに日本軍は武器弾薬等完全装備の上,大量の木炭や薪や水まで用意して朝鮮の西側沿岸に上陸した。この作戦行動の迅速さと正確さは.単に行動として見ても驚異的で,入念な準備なくしてはとうてい不可能だっただろう。
したがって,実行においては突然だったにもかかわらず日本の朝鮮侵入は意図的に計画されたものであり,遠征隊の性格に関して中国の駐在官や朝鮮政府,各国代表を欺くために大鳥氏が考え出したさまざまな口実は,日本軍の上陸に対する反対をかわすための軍略だったことがわかる。初めに.ソウルに帰任する公使の護衛にあたったのは海兵隊の護衛兵たちで.直ちに引き揚げることになっており,そのとおり引き揚げた。
ところが海兵隊と入れ替わりに陸軍部隊-ほんの600人-が.有事に備えて公使館の警備に就いた。さらに多くの部隊を乗せた輸送船の到着が伝えられたが,
大鳥氏は.彼らは上陸しない.その必要はないのだ,と各国公使に請け合った。その後,暑い季節に兵士たちを船内に押し込めておくことは不都合だという申立てがあり,海岸をランニングするのが兵士の健康によいということになった。こんな具合に続いて最後には全部隊が無事,朝鮮本土に上陸した。
首都と首都に通じるすべての道路を日本軍が占領し終え.まるで現実の敵と対峙しているかのように,あらゆる軍事的警戒措置をとった上で6月28日から外交戦が展開された。その日,日本公使の大鳥氏は,中国と朝鮮の間の朝貢関係に関する覚書を朝鮮外務省に送った。その中で彼は次のように指摘した。すなわち,
1876年の江華条約において,およびそれ以降朝鮮王は日本の皇帝自身と同じく条約締結の権限を持つ独立した君主と自ら称した。ところが最近,日本政府は,東京駐在中国公使がこの見解に反する表現を用いるのを聞いて非常に驚いた。1885年の李・伊藤協定に基づき,中国軍の朝鮮派遣を通告する際,同公使は,この措置は属国を保護するという中国に課せられた義務を果たすためにとられるものだと言明した。したがって日本政府は,ここに朝鮮王に対し.中国に対する王の関係について明確な定義を求めるものである,と。
2晩と1日にわたってこの件を協議した後.外務大臣は回答を用意した。回答の提出は6月29日夕刻のはずだったが.約12時間延期して30日朝としなければならなかった。30日午前8時,いらいらしながら外務省で王の回答を待っていた日本公使は,回答が作成され,今,複写しているところだと告げられると,下書を見せるように主張した。
それに応じて下書が見せられた。回答は短いもので,その趣旨は,条約については朝鮮は自らの責務をすべて良心的に果たしており.その点で日本から批判されるような落度はない。一方.中国公使が天皇の宮廷で用いた表現については,いかなる意味でも朝鮮政府にその責任のないことは明白であるに違いない,というものだった。
明らかに核心を避けた回答で,その気になれば日本はこれを中国に対する朝貢関係放棄の言葉と解釈することもできる。
2つ目の外交攻勢は7月3日に,態勤な言糞遣いの覚書の形で行われた。その中で大鳥氏は,日本の領土からこれほど近い国,日本がこれまで常に深い関心を抱いてきた国が不穏な状態にあることを慨嘆し,以下の5大項目の改革案を提示した。
1.首都および各地方の文民政府を徹底的に改革し.各省庁は責任ある適切な長のもとで新しい基準に基づく編制を行う。
2.国の資源を開発し,鉱山を開き.鉄道を建設する.云々。
3.国の法律を抜本的に改正する。
4.軍の編制を有能な指導者のもとに再編制し,国内の騒乱と国外からの攻撃の双方に対して国の安全を保障する。
5.教育を近代的方針に沿って徹底的に改革する。
大鳥氏は,以上の項目はおおよその輪郭だと説明し,詳細については.この問題を大鳥氏と協議するために王が直ちに任命すべき委員会の検討にゆだねるとした。
この要求に対し王は回答を出すのをできる限り長く引き延ばしたが.その間.日本公使は外務省に日参し,回答を得るまでは引き下がらないと言い張った。おしまいには朝鮮側はなすすべがなくなり,大鳥氏と会って氏の提案を聞く3人の役人を指名するが.ただし3人はいかなる最終決定の権限をも持たない,というところまで譲歩した。
王はこの中途半端な措置により,少し時を稼げるのではないかと期待した。しかし大鳥氏は.指名される役人は単に協議するだけでなく,彼らと氏が合意に達した決定事項を実施する完全な権限を持っていなければならないという内容の憤然とした,うむを言わせぬ調子の書信を外務省に送った。
最後通告という強烈な形式で送られたこの書信は,朝鮮側の弱い抵抗力を打ち砕いた。委員会は結局,緊急問題ということで7月10日に日本公使と初会談をしたが.王の委員会がこれほど迅速に職務に就いたのはおそらく例がなかったはずだ。
大鳥氏は25の提案から成る最初の拡大案を明らかにしたが,その内容の徹底ぶりはなにひとつ欠けるところがなかった。王妃とその一派がひそかに攻撃されていたが,それは.短刀の切っ先が見えないほど巧みな攻撃だった。影響力の大き過ぎる大物たちは免職されることになっていた。
外国税関局-ついでに言えば,朝鮮で唯一の秩序ある機関-は特に名ざLで廃止の対象とされた。外国人顧問は全員解雇されることになった。国の資源開発には鉄道や電信のはか造幣所も含むと説明されたが,朝鮮にはすでに,外国人が腐敗した朝鮮人官吏と共謀して押しつけた造幣所が2つあった。司法上の改革はまさに抜本的なものだった。教育は初等学校に始まって大学を最高学府とし,生徒を海外留学させる規定もあった。
資料が手元にないため.この入念な計画の引用はここまでにとどめておくが,現段階で注目しておくべき肝心な点は次の事実だ。
すなわち,朝鮮人自身は日本から課せられた仕事のほんのわずかな部分すら絶対に達成できるはずがなく.一方日本は計画が完全に実施されるまで朝鮮占領を続ける意図をにおわせている以上.この計画の唯一の論理的帰結は日本の朝鮮占領が無期限に続くということだ。
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