日本リーダーパワー史(859)「アメリカ初代大統領・ワシントン、イタリア建国の父・ガリバルディと並ぶ世界史の英雄・西郷どん(隆盛)ー奴隷解放に取組む」★『奴隷解放』のマリア・ルス号事件がある。
2017/11/12
「世界史の英雄・西郷どんー奴隷解放に取組む」
「西郷隆盛は世界的な英雄だった」とは明治文化研究会、評論家・木村毅(1894- 1979)の「世界人としての西郷南洲先生」(昭和28年)
での弁である。
西郷はアメリカ独立戦争の英雄で初代大統領ワシントンやナポレオンらを尊敬しており、壁に肖像画をかけて、封建武士階級社会を打破し、自由・人権・平等社会を希求した。
ワシントンは元は黒人奴隷農場の牧場主であったが、1789年の第一回米国議会で初代大統領に選ばれ、2万5千ドルの給与が決定された。ワシントンは無私の公僕精神からこの給与を辞退した。
西郷も同じく陸軍大将に任じられた時の給与(五百両)を辞退しており、無私の精神は共通しており、奴隷解放にも取り組んでいる。
当時、世界的に有名だったイタリア建国の父・ガリバルディは、南米各国の独立運動にも活躍して「二つの世界の英雄」とも呼ばれていた。
西郷とは同時代の英雄で、その悲劇的な最期でも共通しており、日本でも有名だった。評論家・三宅雪嶺は「西郷が民主的思想の持ち主で、人格高潔でもはるかに上回る」と高く評価した。
世界史18、19世紀では日本が徳川幕藩体制に眠っている間、英国は産業革命が発展し、フランス市民革命(1789-99)、米国は南北戦争(1861―1865)、ドイツ統一(1864-1871)などのグローバリズムの大波が日本にも押し寄せてきて、西郷ら明治の志士たちによって明治維新が実現した。
「西郷を日本開国の父」とすれば、その思想的リーダーは福沢諭吉である。
福沢は『門閥制度は親の敵(かたき)でござる』と封建徳川時代を激しく批判した。
「生まれた段階で身分が決まる封建階級社会で下級武士の父親は学問を志しながらも、下積みの仕事しか与えられず、無念のうちに45歳の短い生涯を終えた」ことへの強い怒りだった。
福沢は「学問のすすめ」(明治5年)の冒頭で『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』という有名な言葉を書いた。人間はすべて平等であり、貧富・家柄・職業・社会的身分などによって差別することに反対して、父の敵(かたき)を討つたのである。
この決めセリフは米国独立宣言(1776年)の中の『すべての人間は生まれながらにして平等であり、生命、自由、幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている』の一節を福沢が翻訳、自己文章化したものだ。
福沢は西郷の行動に共鳴して、明治10年、西南戦争で敗北した後も『丁丑公論(ていちゅうこうろん)』で西郷を一貫して擁護し、最後まで支持していた。2人は真からの民本主義者(民主主義者)であったのだ。
ところが、西南戦争以後、明治政府は西郷に国賊・反逆者・軍国主義者のレッテルを張り、今日に及んでいる。西郷の真の姿は平和主義者、非戦論者だったことは、次の事実にも示されている。
- 勝海舟との2人だけの会談で「江戸城無血開城」を1言のもとに了承し、江戸を戦火から守った。世界史でも稀な和平会談であった。
- 廃藩置県で専制君主(藩主)を倒して、士農工商制度を廃止し、人権平等社会を実現した。
- 関東、奥州三藩の反抗諸藩を戦後、寛大に処置した。
- 征韓論は韓国との戦争を避けるために、武力派を抑え、文官として西郷が単身で交渉派遣に臨んで説得することに端を発した。
さらに『奴隷解放』のマリア・ルス号事件がある。
西郷参議(総理)中の明治五年六月四日、ペルーの帆船「マリア・ルス号」が清国人苦力(奴隷)二百三十二人をのせて横浜に入港した。この清国人は、ぺルーに売られていく奴隷であることがわかった。外務卿・副島種臣はこの非人道的行為を見逃さず、神奈川県参事の大江卓に命じ、同船の差し止めと同船長を告発した。
神奈川県令・陸奥宗光や司法卿・江藤新平らは、国際問題に発展することを恐れて、副島の措置に反対したが、副島は特設裁判所を開かせ、大江卓を裁判長として審理させた。
独、仏、伊、デンマーク、ポルトガルの五領事は反対し、米、オランダの二領事は中立、英国領事は外務省の意見に賛成した。日本政府の陪審判事3人も不干渉論を唱えたが、副島は裁判長大江卓の意見どおり裁判させ、清国人解放の判決を下し、全員、中国に送還した。
奴隷売買が世界的に横行していた時代に、大国に追随せず正義と人権を守り通した判決が出たのは、西郷参議が副島の意見を全面的に支持して、断固として反対派を押さえたためであった。
「国の本来の政治は軍備の不備を恐れず、1国の運命をかけても、正論を以てこれを貫くべし」というのが西郷の持論であった。同年10月の芸娼妓解放令に至る契機ともされる。
一方、岩倉西欧使節団から帰国した大久保利通、伊藤博文らはすっかり『外国恐怖症』になり「外交を事なかれ主義」「追随外交」に舵を切っていった。
これが日本外交のルーツである。
日本リーダーパワー史(858)ー国難の救世主「西郷隆盛のリーダーシップ」に学ぶ。明治維新の主な大改革は西郷総理の2年間に達成された。
関連記事
-
-
『日米戦争の敗北を予言した反軍大佐/水野広徳③』-『その後半生は軍事評論家、ジャーナリストとして「日米戦わば、日本は必ず敗れる」と日米非戦論を主張、軍縮を、軍部大臣開放論を唱えるた』★『太平洋戦争中は執筆禁止、疎開、1945年10月に71歳で死亡』★『世にこびず人におもねらず、我は、わが正しと思ふ道を歩まん』
日米戦争の敗北を予言した反軍大佐、ジャーナリスト・水野広徳③ &nb …
-
-
速報「日本のメルトダウン」(488)「福島第一原発作業員座談会「汚染水処理現場はヤクザとど素人だけ」「氷の壁はフクシマを救えるか」
速報「日本のメルトダウン」(488) ◎「 …
-
-
★⑩鎌倉第1の名所『檑亭(らいてい)そばと会席料理の店』 国文化財(建造物)と名園を堪能する
鎌倉第1の名所『檑亭(らいてい)―そばと会席料理の店』 国文化財(建造物)と名園 …
-
-
『鎌倉釣りバカ人生30年/回想写真録』㉑★『『コロナパニックなど吹き飛ばせ』★『10年前の鎌倉沖は豊饒の海だった』★『珍味ホラ貝を食べたよ、本当のホラ日記』ー鎌倉材木座沖でとれたホラガイを食す。アワビにおとらず旨
2010-09-16 、記事再録『これが本当のホラ日記」 テーマ …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(327)★『コロナパニックなど吹き飛ばせ』★『超高齢社会日本』のシンボル・世界最長寿の彫刻家/平櫛田中翁(107歳)に学ぶ」<その気魄と禅語>『2019/10月27/日、NHKの「日曜日美術館ーわしがやらねばたれがやる~彫刻家・平櫛田中」で紹介』★『百歳になった時、わしも、これから、これから、130歳までやるぞ!』と圧倒的な気魄!
<世界のコロナパニック戦争で「長寿大国日本」の底力(長寿逆転突破力)を発揮して …
-
-
『ウクライナ戦争に見る ロシアの恫喝・陰謀外交の研究⑨』日露300年戦争(5)『露寇(ろこう)事件とは何か』★『第2次訪日使節・レザノフは「日本は武力をもっての開国する以外に手段はない」と皇帝に上奏、部下に攻撃を命じた』
2017/11/19 /日露300年戦争(5) &nbs …
-
-
『オンライン講座/日本興亡史の研究④』★『日本史最大の国難・日露戦争で自ら地位を2階級(大臣→ 参謀次長)降下して、 陸軍を全指揮した最強トップ リーダー・児玉源太郎がいなければ、日露戦争の勝利はなかったのだ。 ーいまの政治家にその叡智・胆識・決断力・国難突破力の持ち主がいるのか?』★『予(児玉)は、全責任を自己一身に負担し、この責任を内閣にも、又参謀総長にも分たず、一身を国家に捧げる決心を以て熟慮考究の上、一策を按じ、着々これが実行を試みつつある』
2017/05/22 日本リーダーパワー史( …
-
-
『オンライン講座/60,70歳から先人に学ぶ百歳実践学入門』★『私の調査による百歳長寿者の実像とは・・』★『「生死一如」-生き急ぎ、死に急ぎ生涯現役、臨終定年/PPK(ピンピンコロリ)をめざそう』
長寿学入門(219)ー日本ジャーナリスト懇話会(2018/3/23) 『60,7 …
-
-
『湘南海山ぶらぶら日記/海外編(2022/6/22)』★『米国で『カブトガニ産卵地の海岸』を発見!』★『砂浜にカブトガニの殻があちこちに散乱していたというから驚く』
逗子なぎさ橋珈琲テラス通信(2025/10/08/am8) 202 …
-
-
日本の「戦略思想不在の歴史」⑭「ペリー米黒船はなぜ日本に開国を求めて来たのか」<以下は尾佐竹猛著『明治維新(上巻)』(白揚社、1942年刊、74-77P)>『開国の恩人は、ペリーではなく金華山沖のクジラである』
<以下は尾佐竹猛著『明治維新(上巻)』(白揚社、1942年刊、74-77P) …
