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『日本の運命を分けた<三国干渉>にどう対応したか、戦略的外交の失敗研究講座』⑮』★『日清戦争後の下関講和会議では暗号解読で乗り切った』★『日本が勝った瞬間にロシア・ドイツ・フランスが<三国干渉>という名の武力外交を突きつけてきた』

   

⓵日清戦争後の下関講和会議暗号解読で講和会議を乗り切る

日本の暗号の歴史をみると、一九二二年のワシントン年縮会議ではアメリカの軍スパィ組織「ブラックチェンバー」によって、日本は本国との交渉のやりとりの暗号が解読されたのをはじめ、大平洋戦争開戦前の日米交渉でも機械暗号を解読され、インテリジェンスの失敗が続いた。しかし、日清戦争から日中戦争までの中国暗号は、終戦まで解読成功が長く続いた。日清戦争後の下関講和会議では、清国全権はまさか暗号が解読されているとは気づかず、到着と同時に電報料九千円を下関電信局に前納して、北京と盛んに電報を往復した。

当時は、北京あての電信は、下関から長崎に送られ、送受信についても多少の時間稼ぎは意のままにできて、下関電信局が受けつけた清国代表電は直ちにコピーが外務省に配達され、解読電が日本全権に伝えられた。

おかげで、伊藤首相は、休会中の李鴻章と北京との意見交換の内容を知ることができ、会談再開後に李鴻章が講和を提案することも事前にわかった。

一八九五年三月二四目に第二国談判が開始されると、李鴻章は休戦要求を撤回して講和条件の提示を求めた。伊藤首相は腹の中で笑いながら、顔の表情は全く変えず「翌日にしたい」と答えた。

談判終了後、李鴻章は、午後四時すぎ、下関の会場「本帆楼(しゅんぱんろう)」を出て宿舎の引接寺に四面ガラス窓がついた興(こし)に乗り、引き上げた。その途中、引接寺近くで群馬県邑楽郡在住の小山豊太郎に、準銃で狙撃された。小山は興に飛び乗り、ガラス越しに一発発射、弾九は左眼下部に命中して李鴻章は重傷を負つたが、幸い一命を取り留めた。小山に政治的な背景はなく、日清戦争を起こしたのは李鴻章と思い込み、「李鴻章がいる限り東洋の平和は保てない」と兇行に及んだものだった。

これで、「日清戦争の勝利も帳消(ちょうけし)になる」「講和談判も打ち切りとなるのか」と伊藤首相らは愕然とした。伊藤首相と陸奥外相はすぐさま引接寺に駆けつけて李鴻章を見舞ったが、面会謝絶であった。

「なんたることか。 一暴漢の愚行がわが国家の運命を左右するとは……」「問題は清国の出方じゃ。これ以上に世界の同情を誘い、列国の干渉を招く口実はないではないか」と怒り狂いながら大至急に対策をたてなければ と伊藤らは頭を抱えた。

事件発生後間もなく、下関港内の李鴻章全権が乗船した「公義」「礼裕」は、黒煙を吹き上げて出航準備を始めた。もし引き上げを北京に請訓して、許可されれば万事休す。講和会議は決裂となる。

明治天皇は軍医総監・石黒忠悳(いしぐろただのり)、同・佐藤進を下関に急行させた。陸奥外相は翌日、下関に急行してきた石黒総監に「もし李鴻章が帰国することになれば、談判は破裂するので、帰国を断念させるように最大限の尽力を願いたい」と指示した。

李鴻章の診察は、李鴻章侍医・林聯輝、駐日フランス公使館医師が参加して行われた.陸奥外相は、清国全権の北京あての電報内容を調べさせ、「帰国をにおわすような電文訓令があるかどうか」に全神経をとがらせた。

診察では、左眼一帯は腫れあがって限を開けることはできない状態だが、眼球に異常はないと診断された。佐藤軍医総監は弾九の摘出を進めたいと申し出たが、李鴻章も侍医も随員たちも一致して手術を拒否した。佐藤軍医は「手術はしなくても治ることは治る」と診断し、石黒総監も「安静が最良の治療である」とも説得した。

この診断結果に李鴻章側はどう出るか。陸奥は下関電信局を発着する清国側電報暗号のやりとりに最大限注意した。電報は「李鴻章令権の帰国についてはふれず、北京からは、膏薬で銃弾を吸いとる名医が上海にいる、その者を派遣する」といつた見舞電報が主になっていた。これをみた陸奥外相は、ほつと一安心し、なんとか、帰国、談判破裂は回避できると判断した。

この日清戦争での暗号解読成功とその継続は、敗北続きの日本の暗号戦争の歴史の中では唯一例外的な成功ケースであつた。

  • 「アジアの超大国清国に、19世紀の帝国主義国際秩序に初参加した島国小国日本が勝利したことに西欧列強は黄禍として衝撃を与えた。それまでの黄禍論は中国が対象だったが、日清戦争後は「黄禍論」は日本がターゲットになった。
日清講和条約は一八九五年四月一七日、下関で調印された。
その内容は、
 ①朝鮮国の独立(清国の属領を否定)
 ②遼東半島(旅順)と台湾を割譲
③賠償金二億両(日本円で約三億円、当時の日本の国家予算は八千万円)の支払い
といったもので、日本側は歓喜に沸いたが、大きな落とし穴が待っていた。

危惧されていた通り、ロシアは下関条約の内容が伝わると、御前会議を開き、皇帝帝ニコライ二世の指示でドィツ、フランスと協調し、二三日、三国の駐日公使が外務省を訪れた。

ロシア駐日公使は「遼東半島を日本が所有することは、朝鮮国の独立を有名無実にし、極東の平和に害を与える。遼東半島領有の放葉を勧告する」と異議を申し出た。ドイツも「日本が承諾しなければ武力を用いざるを得ない」との強強硬覚書を突きつけた。

一方、イギリスは「清国でのイギリスの権益は日本の講和条件では毀損されない」と判断し、ロシアの南下政策を警戒して共同干渉を拒否していた。

当時、ウラジオストック基地にはロシア太平洋艦隊の軍艦、ドィツ軍艦、フランス軍艦の計15隻が連合艦隊を組んで、日本周辺海域ににらみを利かせていた。

「三国干渉」拒否の場合は24時間以内に出動できる戦闘準備態勢をとり、武力行使をするという強硬姿勢だった。

日本側も西欧列強の介入をある程度は予想していた。しかし、戦争遂行に追われ、介入防止の外交工作は二の次になっていた。その間に、あっという間に戦争はカタがつき講和会議となった。武田信玄の『甲陽軍鑑』による、「戦いは五分の勝利をもって上となし、七分を中となし、十分をもって下となす。五分は励みを生じ、七分は怠りを生じ、十分は驕りを生ず」とある。初めての対外戦争勝利に、政府首脳も陸海軍、国民も舞い上がってしまった。

日本は「勝ちすぎは負けに通じる」という勝利のパラドックスに陥つた。清国は『孫子』の「逮交近攻」(遠くと交わり、近くを攻める)を戦争中から英、米、仏、独、露に猛烈な利益誘導をもちかけて秘密外交を展開し、三国干渉による逆転劇を仕組んだ。

三国干渉を受けて、清国は日本側に批准延期を要求した。批准ができなければ条約は失効する。日本は窮地に立たされた。

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