前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

      2019/07/07

日本リーダーパワー史(68)
 
勝海舟の外交コミュニケーション術・至誠と断固たる気骨で当たる
 
前坂 俊之(ジャーナリスト
 
勝海舟は幕末・明治に活躍した稀代の戦略家であり、政治家・外交家であり、なんといっても明治維新のトビラを開いた偉人である。坂本竜馬も「日本第一の人物・勝麟太郎の弟子なり」といっており、西郷隆盛も「勝海舟は初めて面会したところ実に驚き入った人物で、どれだけ知略これあるやら知れぬ」、「英雄肌で、佐久間象山よりもより一層、有能であり、ひどく惚れ申しそうろう」と書いているほどだ。
勝海舟は幕府とか、藩とか小さなことには全くこだわっていなかった。日本の行く末が第一であった。「オレは、(幕府)瓦解の際、日本国のことを思って徳川三百年の歴史も振り返らなかった」(勝海舟直話『氷川清話』)といている。
明日(11日)は参議院選挙の投票が行われるが、各政党党首の演説を聞いていて、そのあまりの小人物、小政治家の経綸の低さ、世界観のなさにうすら寒くなってきた。自分の党のPRに終始した話ばかり。まさしく「人物がいなくなった日本の悲劇」による「国家倒産」のカウントダウンが始まっている。
ここで、もう一度、明治維新を起こした偉大な先人たちの政治力・外交力・交渉力を振り返ってみよう。勝海舟の『氷川清話』は政治家、外交官ばかりでなく、いま、国難にぶつかっている国民1人1人にとって必読の本であるといえる。
 
 勝海舟の外交談
 
維新前のある年に、幕府が海軍制度を定めるついでに、制服をも定めやうという議が出た。おれは兵式さへ知らぬ中から、制服などはまだ不要だとは思ったけれども、おれの上には上役もあって、おれを嫌っておったところだから、おれも強ひて反対せず、ともかくも海軍総裁や軍艦奉行などと共に、その頃来ていた英国のアドミラル・キッベル(将軍)に制服の事を相談に行った。
 
このキッベルは英国海軍の中でもなかなかの出来る男で、顔つきから話方まですこぶるやかましい男だったが、先づわれわれに向つて、日本海のことを種々聞き始めた。しかしこちらには一人も完全に答への出来るものがなくて、上役の人もすこぶる窮した様子だったから、おれも見兼ねて問に応じて進んで答をして、ようやく日本人の顔を立ててやった。しかし、このために逆に彼等に軽侮せられて、いよいよ制服のことを話すと、「日本海のことさえ知らぬ人の多い貴国の海軍に、制服を定めて何にするか」と一本やられて、制服のことはまづは廃止になった。
 
その時におれはキッベル等の高慢が気にくわなかったから、一つカタキを取ってやろうと思って、突然彼に向い、「貴国の軍鑑を見るにアドミラル(将軍)が八十人もあるが、あれは実際か」と尋ねたら、彼は得意になって実際だと答へた。そこでおれは答えながら「その八十人は何れも年功で昇進せられた御老人たちで、実地に軍艦を指揮できるものではあるまい。実際に軍艦を指揮できるのは何人いるのか」、と突っ込むと、彼もまさか八十人揃って指揮できるとはいい兼ねて「いや、それは私と今一人とあるばかりだ」と正直と答えた。厳しくやつつけられたり、馬鹿されたりする中で、、時々、こちらから反撃して見せるのも、中々苦しかったよ。
 
 この制服のことを始めとして、海軍の事は何もかも外国人が相手だから、おれもこの時分は随分苦心したよ。何年だったか、幕府に伊豆の下田と相模の観音崎と、その外二ヶ所ばかりへ、灯明台を設けやうという議があった。幕府は役人を英、米、仏三国の軍艦へ派遣してこの事に関する相談をさせようとしたけれども、役人共が饗応の費用をおしんだりして、三国の軍人をうまく待遇しないから、彼等も不平で、キャップテン(船長)は一人も相談に来ない。役人も余儀なく帰って来たが、また他の一人を派遣しても同様であった。
 
そこで幕府にも協議の上とうたう俺の出番となった。夜中に使者をおれの宿へよこして、この談判を命ぜられた。おれはすぐに出て行って、まづ費用を少しも惜まず、第一等の御馳走を出し、その上に自分はわざわざ彼等の船へあいさつに行ったものだから、彼等もすこぶる満足して早速おれの船へ来て答礼をした。
 
それから約束通り彼等とおれの船に会して、灯台設置の商議を遂げたが、さてここに困ったのは、彼等はその夜おれの船へ泊るというのに、三人のところへ上等の寝室が二つよりなかったことだ。当時英国のキャプテンはテツビヨルドとかいって、年は若いがセバストボールの戦に功があつたからこの身分になったという人だ。
 
米国はコルドゾバラといって六十余りの老人で、フランスのもこれと同じ年輩の人物だった。さて前にいった通り上等の寝室はわずかに2つで、その他は下士官の寝るべき階下の室ばかりだから、おれが若しあくまで威厳を保って上等室に寝るとすれば、三人の中の一人は、是非共下士の室に寝かさせねばならぬ。米国のとフランスのとは老人で、英国のが若いからといっても、彼も英国政府からわざく東洋に派遣せられて、とにかくに英国を代表している人だから、他の老人たちと優劣をつける訳には行かない。
 
かつは不公平な事でもすると、彼等の感情を害して、この商議が破れるかも知れないものだから、おれも断然決心して三人の者に向い、「私は腹蔵なく申上げるが、実はこの船の寝室はかくかくの次第なれども、君等の中一人を下士の室に導くということも出来ぬので、主人たる私は下士官室に寝るゆえに、賓客たる君等は上等2つの中に寝られよ」といったら、彼等もおれに腹蔵のないのを感心して、「その御心配には及ばぬ」ものをといって、おれの厚意を謝した。
 
これで灯台に関する商議も済んだが、当時の英国公使パークスもこの始末を聞いて、きわめて満足に思ったか、その後は何事もおれを指名して談判するようになった。
 
この時分の外交についての苦心は平生とは随分違ったものさ。今日外交の方針だとか何とか云って騒いでいるけれども、全体何をしとるのか、おれには分らない。飯の上の蝿をおうような事ばかりやるのに、方針も何も入るものか。世間の人も人だ。西洋に行って少しばかり洋書が読め、英語で談判でも出来れば、はや第一の外交家と仰いでおる。上も下も似たり寄ったりのものさ。こういう風では矢張り幕府の末路と同じようになるかも知れないから、しっかりやってもらいたいものだ。
 
おれなどは昔からずるい奴だから、この六畳の室に寝てばかりおるけれども……。
 要するに外交上の事は随分困難ではあるが、なに我れに一片の至誠と断固たる気骨さへあるならば、国威を宣揚することも決して難しくはない。それをこの頃の人達は、公報学などをこね食って、朝鮮とか支那とかロシアとか英国とかいって、これを各別に見て、其の貧富強弱に因って種々手加減をするから、やり損ないが多いばかりではない、経倫もまた極めて小さくなるのだ。
 
それだから百年の長計などと言ってもとても駄目だ。彼の人達のする仕事は十年は愚か、たった一年先きの事さへも見透しがつかないではないか。おれなどは貧富強弱に因って国々を別々に見るということはしないで、公平無私の眼を以て、世界の大勢上から観察を下して、その映って来る儀にこれを断ずるのだ。それだから今の外交家のする仕事は己れの日には、丸で小人島の豆人間が動いて居るように見えるのだ。
 
                                                     『氷川清話』より。
 
 

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

『リーダーシップの世界日本近現代史』(281)★『空前絶後の名将・川上操六陸軍参謀総長(27)『イギリス情報部の父』ウォルシンガムと比肩する『日本インテリジェンスの父』

2011/06/29/   日本リーダーパワー史( …

no image
『世界一人気の世界文化遺産「マチュピチュ」旅行記』(2015 /10/10-18>「朝霧の中から神秘に包まれた『マチュピチュ』がこつ然と現れてきた」水野国男(カメラマン)⓶

    2 2015/11/02★&lt …

no image
日本の最先端技術「見える化」チャンネル ☆「2015国際ロボット展」①石川正俊東大教授、FUNAC,THK,KAWASAKIのロボット展示ブース

日本の最先端技術「見える化」チャンネル ☆「2015国際ロボット展」(12/2ー …

no image
日本メルトダウン脱出法(879)『米国の著名学者が進言「オバマは原爆投下を謝るな」 「広島に行くべきではない」とも主張』(古森義久)』●『 米大統領警告「EU離脱なら英経済に打撃」』●『「日本は理想郷」ネオ親日派は中国を変える』●『この6万年でヒトの進化は急激に加速していた! どこへ行く?ホビットもマンモスも滅ぼした私たち』

   日本メルトダウン脱出法(879)   米国の著名学者が進言「オバ …

no image
日本メルトダウン脱出法(722)「中国の「QT」が引き起こす世界の金融バブル崩壊」●「日本の技術者が警告! 中国の「原発」は必ず大事故を起こす」

 日本メルトダウン脱出法(722) 中国の「QT」が引き起こす世界の金融バブル崩 …

『Z世代のための米大統領選挙連続講座⑫』★『ミネソタ州・ウォルズ知事が副大統領候補の指名受諾演説を行った。』★『心にしみる「名演説」で選挙のテーマは「自由」,「リーダーとは何か」「あなたが求める人生を自由に送るために闘う」』

米民主党の全国党大会は8月21日、3日目を迎え、ミネソタ州のティム・ウォルズ州知 …

no image
日本リーダーパワー史(517)『「明治大発展の国家参謀・大軍師/杉山茂丸の戦略に学べ①「黒田官兵衛など比較にならぬ」

    日本リーダーパワー史(517) &nbsp …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(197)『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』㉘『開戦1ゕ月前の「独フランクフルター・ツワイトゥング」の報道』ー「ドイツの日露戦争の見方』●『露日間の朝鮮をめぐる争いがさらに大きな火をおこしてはいけない』●『ヨーロッパ列強のダブルスタンダードー自国のアジアでの利権(植民地の権益)に関係なければ、他国の戦争には関与せず』★『フランスは80年代の中東に,中国に対する軍事行動を公式の宣戦布告なしで行ったし,ヨーロッパのすべての列強は,3年前,中国の首都北京を占領したとき(北支事変)に,一緒に同じことをしてきた』

    2017/01/09 &nbsp …

no image
日本メルトダウン脱出法(575)安倍首相の”長征”がはらむリスクー』◎『日本のメディア:朝日新聞の醜聞』(英エコノミスト誌)

  日本メルトダウン脱出法(575) ●『安倍首相の"長征& …

no image
連載「エンゼルス・大谷選手の大活躍ー<巨人の星>から<メジャーの星>になれるか」③『「全米メディアも大谷の『完全試合未遂』に大興奮『本当に人間か?』★『メジャー席巻の大谷翔平は「ハンサムで好感」米経済紙が“商品価値”を絶賛』★『 ペドロ・マルティネスが二刀流大谷のメジャーでの成功の秘密を解説!』

連載「エンゼルス・大谷選手の大活躍ー<巨人の星>から <メジャーの星>になれるか …