前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本リーダーパワー史(941)~「ノーベル賞とジャーナリズム」★『社会を根本的に変えるのは科学技術の進歩とイノベーション』★『最も必要な教育とは科学教育であり、論理的な思考力である』

      2018/10/12

日本リーダーパワー史(941)

ノーベル賞とジャーナリズム

今年のノーベル生理学・医学賞は京都大学の本庶佑特別教授(76)ら2人に決まった。このニュースを見ながら37年前の私が経験したノーベル賞受賞者の取材のワンシーンを思い出した。

1981(昭和56)年10月19日、福井謙一京大工学部教授がノーベル化学賞を受賞した。当時、ある新聞社京都支局に勤務していた私はすでに自宅に帰って食事中の午後8時ごろ、「大至急、福井教授の自宅に行って談話をとってこい、早番用に1時間後までに遅れ」との電話が鬼デスクから入った。

「有機化合物の反応性を電子の軌道を用いて説明したフロンティア電子理論の発見」という受賞理由を内容を聞くヒマもなく、一刻も早くと飛び出した。福井先生宅は新聞、テレビの記者、カメラマンでごった返していた。

科学的、化学的な知識などあまりない社会部、支局記者のチンプンカンプンの質問にも福井先生は懇切、丁寧に答えていた。入れ代わり立ち代わりの記者連中の何度もの初歩的な質問の繰り返しと珍問答が続いた。私はあせる気持ちを抑えてその一言一句をメモって、走って100mほど離れた公衆電話ボックスまで行ったが、そこもは他社が占拠していた。さらに遠くの電話ボックスを探し、やっと勧進帳で原稿を読み上げているとドンドンとドアをたたく者がいる。「早く代われ」という他社の記者の合図で、けんかとなったことを覚えている。

 

当時、記者はポケベルを持って取材していた時代。今のようにスマホ、携帯などもちろんない時代で、電話が唯一の通信手段だった。

翌日の各社の報道を恐る恐る眺めると、フロンティア電子理論などの専門的な解説は各社とも間違いが多く、科学的な知識の欠如を大いに反省した苦い思い出がよみがえってきた。

 

さて、今回の本庶氏の受賞理由は、がんの新しい治療法で従来はがん細胞を除去したり破壊したりする放射線や抗がん剤の投与などしかなった。人間の体には1日に数千個ものがん細胞ができるが、免疫細胞がこれを排除している。この体内の免疫機能を高める治療法を研究して、がん細胞を攻撃する免疫細胞の表面で免疫が働かないようにブレーキをかけている「PD-1」というたんばく質を1992年に発見した。

この「PD-1」のブレーキをはずせば、免疫効果は一挙に高まるわけで、小野薬品工業などと共同して研究に全力を挙げ2014年に「PD-1」の抑止治療薬「オブジーボ」の開発に成功した。この新薬は従来の抗がん剤などでは治せなかった末期がんや悪性黒色腫(メラノーマ)、難治性のがん治療に大きな効果を発揮してがん患者に光明を与えている。

本庶氏の受賞によって、日本でのノーベル賞受賞者は1949年の湯川秀樹氏(物理学賞)以来、合計で26人となった。
ちなみに各国別のノーベル賞受賞者数のベスト10をみると、2017年までの受賞者(出生地別)は米国が第1位で256人で断トツ。2位英国の84。3位ドイツ81、4位フランス51、5位ロシア34、6位スウエーデン29、7位日本25、8位オランダ18、9位イタリア17、スイス17となっている。
日本は21世紀以降、自然科学部門で米国に続いて世界第2位の受賞者数を出している。

 

本庶氏は「社会に一番貢献できるのは医者だ」と1971年に京都大医学部に進学。29歳から3年余り米国に留学、カーネギー研究所客員研究員などで研究し、帰国後は東京大医学部の助手となって研究を続けて来た。

 

読売(10月2日朝刊)によると、「米国に比べて研究費は限られ、設備の貧弱さに驚かされた。機材を用意するため、工具店を訪ね歩いて板の切れ属を譲り受け、実験機器を手作りしたこともあった。米国で経験を積んで帰国した多くの日本人研究者がに十分な成果をあげられず埋もれてしまっていたジンクスを変えたかった」と研究に熱中した。

本庶氏の研究態度は「多くの人が石ころと見向きもしなかったものを、10年、20年かけて磨き上げ、ダイヤモンドであることを実証すること」で、「優れた研究者には次の六つのCが必要である」を信条としていた。「challenge(挑戦)」、「confidence(自信)」、「courage(勇気)」「concentration(集中力)、「curiosity(好奇心)、「continunation(継続心)である。

 

本庶氏は受賞会見の席上で「マスコミは同じことばっかり質問して、何が聞きたいのかわかない。幼稚園レベルの質問だ。これだからマスコミは本当にダメだ」との厳しいコメントを発し、その低レベルを嘆いた、という。

 

確かに、私の37年前と比べて、マスコミ、新聞記者の科学的知識はあまり増えていないと思う。新聞社、テレビ局で科学部なるものができてはいるが、科学的、技術的な記事、番組はまだまだ少ない。わが老記者にいわせれば、新聞記者の不勉強、視野狭窄ぶりも目に余る。

社会を根本的に変えるのは科学技術の進歩とイノベーションである。ポストモダン後の21世紀現代社会での科学技術の進歩、ICT(インターネット情報通信技術)の発展のスピードはドッグイヤー以上であり、超速で進歩している。メディアの役割は国民に現在進行形の情況を正確に伝えることだが、科学技術の報道は遅れるばかりである。

 - 人物研究, 現代史研究, IT・マスコミ論

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
日本メルダウン脱出法(640)『アベノミクスに時間を稼いだ幸運」(英FT紙)「日本経済に「空前の好環境」、株価2万5000円へ」など7本

  日本メルダウン脱出法(640) 『アベノミクスに時間を稼いだ幸運」 …

no image
『世界サッカー戦国史』⑧『西野監督引退、次の日本代表/監督は誰になるのか』★『サッカー協会(JFA)は今大会の試合結果を徹底検証し、ワールドクラスの選手育成の長期プログラムを作成し、これまでの監督選びの連続失敗を繰り返してはならない』

『世界サッカー戦国史』⑧ クリンスマン氏、日本代表監督就任の噂をSNSで否定「真 …

片野勧の衝撃レポート(83) 原発と国家―封印された核の真実⑭三谷太一郎 (政治学者、文化勲章受章者)の証言②『主権国家中心の現在の「国際社会」ではなく、 主権国家以外のさまざまな社会集団も加えた 多元的な「国際社会」を再構築することが必要だ」。

 片野勧の衝撃レポート(83) 原発と国家― 封印された核の真実⑭(1997~2 …

no image
速報(448)『日本のメルトダウン』●『竹中平蔵「アベノミクスは100%正しい」●『中国バブル崩壊後、大相場がやってくる』

  速報(448)『日本のメルトダウン』   ●『竹中平蔵「 …

no image
日本リーダーパワー史(764)―『さらば!「東芝」の150年歴史は「名門」から「迷門」、「瞑門」へ』● 『墓銘碑』経営の鬼・土光敏夫の経営行動指針100語を読む』③『社内の人間の顔をたてるよりも、社外への会社の顔をつぶさぬことを考えよ』★『賃上げは生産性向上の範囲内で」ではなく「賃上げを上回る生産性向上を」と考えよ』

  日本リーダーパワー史(764) さらば!「東芝」の150年歴史は「名門」から …

no image
速報(368)<総選挙を斬る-緊急ビデオ座談会(11月27日開催>『日本倒産をくいとめる投票行動をとる』(2/3)

速報(368)『日本のメルトダウン』         <総選挙を斬る- …

『国難逆転突破力を発揮した偉人の研究』★『徳川幕府崩壊をソフトランディングさせた勝海舟(76歳)の国難突破力①『政治家の秘訣は正心誠意、何事でもすべて知行合一』★『すべて金が土台じゃ、借金をするな、こしらえるな』★『借金、外債で国がつぶれて植民地にされる』★『昔の英雄、明君は経済に苦心し成功した』★『他人の本を読んだだけの学者の学問は、容易だけれども、おれらがやる無学の学間は、実にむつかしいよ  』

  2012/12/04 /日本リーダーパワー史(350)記事再録 ◎ …

no image
 世界、日本の最先端技術『見える化』チャンネル ★5『中国溶接・切断ロボット業界の最新動向』- 『 溶接・切断の国際的な専門展示会として、アジア最大規模の 「北京エッセン溶接・切断フェア」(6/14―17)の最新レポート』●『安川電機を筆頭に、ファナック、川崎重工業、不二越、 自社製の溶接機と各種溶接ロボットを 組み合わせたソリューションを提供するダイヘン、 パナソニックの全6社が出展。

 世界、日本の最先端技術『見える化』チャンネル ★5『中国溶接・切断ロボット業界 …

『Z世代のための<バカの壁>の秘密講座①』★『杉山茂丸の超人力の秘密「バカの壁」』★『違ったことを違っていると言えない奴を「馬鹿」という」

養老孟司氏の名著「バカの壁」(累計700万部突破)を再読して、面白かった。世界を …

no image
日本リーダーパワー史(566)「安保法制案」の国会論戦の前に、『わずか1週間でGHQが作った憲法草案①』を再録①

日本リーダーパワー史(566) 一連の「安全保障法制案」が閣議決定され、本格的な …