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地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

名リーダーの名言・金言・格言・苦言(15)『経営にとって人格者ほど危ないものはない』(伊藤忠兵衛)『退一歩・進一歩』(大倉喜八郎)

   

<名リーダーの名言・金言・格言・苦言
・千言集(15)            前坂 俊之選
 
 
●十年に一度はチャンスがある
 
  石川 一郎(経団連初代会長)   『亡夫石川一郎の処世訓』
 
 人の一生には確かに、運、不運の差がある。ただし、一生懸命に精進し努力していれば
、誰にでも十年に一度は運命の開けて来るチャンスがある。問題はそのチャンスが十年の
間にいつ来るかが、わからないことだ。
 不運で終わる人の多くは、このチャンスの来るのを待ちきれず、自分は不運とあきらめ
て努力をやめてしまうように思う。
 心がける点は―
 
 一 自分にもチャンスは十年に一度、必ずチャンスが来ると信じること。
 二 チャンスはいつ来ても、必ずつかまえることが出来るように心を許さず、努力を欠
   かさぬこと。
 三 他人に早く来て、自分の番は遅くなっても、運の違いと思って諦めないこと。
 四 チャンスが来たあと、次のチャンスがすぐ来るかも知れぬので気を許さぬ。「運命
   の神に後髪がない」と言うとおり、常に気を配っていること。
 要は運、不運にくよくよすることより、チャンスを必ずものにすることだ。
 
 
●経営者は時間軸と空間軸をもて
 
  小林 宏治(日本電気社長)
 
 これは時間の流れの中に身を置き、存在している地域、会社の組織内、産業界の中での
位置を自ら確認して、五年後、十年後、二十年後に世界はどうなっているか、会社や自分
はどうあるべきか、羅針盤を持てということである。
 
 小林はトップになった時から「C&C(コンピューターとコミュニケーションの融合)
」こそが将来、時代の中心となると戦略を組み、コンピュータービジネスに参入した。二
十年後に、世界的企業に発展させるという時間軸での見通しを立て、具体的に取り組んだ。
 
 空間軸は、発展に付随してどこに工場を作り、販売網を広げるかという、スペースの点
から、線へ、線から面へという戦略である。この両方がキッチリかみ合わないと発展は難
しい。
 時間軸に沿って、社員は課長、部長、重役と変化していくが、社会や立場の変化を先取
りして考え、積極的に取り組まねばならない。
 
 

●経営にとって人格者ほど危ないものはない
 
  伊藤 忠兵衛(伊藤忠商事創業者)     『私の履歴書』
 
 伊藤忠の“中興の祖”といわれる越後正一は伊藤忠兵衛翁からいろいろ経営の手ほどき
を受けたが、この言葉が強く脳裏に焼きついている。
 
 これは忠兵衛自身の言葉ではなく、翁がまだ若いとき、のちに大蔵大臣になって金解禁
を実施した井上準之助から、教えられて肝に命じたという。
 「聖人君子というだけでは経営は難しい。信用はできても、経営の才能は別だからそれ
を混同してはいけない」と。
 
 越後はこう解釈する。
 
 「事実、私の知る限り、どうかと思う生き方で、うまく成功している人が多くある。そ
れなりの手腕と努力はわかるが、そこに厚かましいというか、並々ならぬ神経の太さがあ
る。人生は運・鈍・根というが、私はあるいは運と横着だ、といえるのではなかろうか。
近頃よくそんなことを考える」
 
 
  
●“退一歩”・“進一歩”
 
大倉 喜八郎(大倉グループ創業者)  『新・三六五日の実業訓』
 
 “退一歩”という金言がある。
 いうまでもなく、これは処世上の戒めであり、また、事をなすにあたっての心得である
。しゃにむに進む場合でも、しゃにむに進もうと思って、進めぬ場合でも、とにかく、人
間は時々、一歩退いて、サテと考えてみることが大切である。
 
 これがないと、とんでもない間違いを、しでかしやすい。こういう意味の教えであろう
。しかし、私にいわしめれば、これは畢竟、事物の一面を道破した金言にすぎず「退一歩
」の反対で「進一歩」という言葉も、立派に成立すると思う。
 
 私はことを行うにあたって、常に一歩を退いて考えてみるよりは、五歩も十歩も突き進
んでから、改めて、考えるべきことを考えるようにしてきた。私はこの流儀で、今まであ
まり後悔したことがない。

 

 
 
 ●五十、六十鼻たれ小僧、男盛りは八、九十
 
  安田 善次郎(富士銀行創業者)     『野性のひとびと』
 
 一九二一年(大正十)、安田が八十三歳の時に、旧知の浅野総一郎から頼まれて一緒に
上海、香港、マニラへ船旅をした。浅野が当時、造船、海運に続いて鶴見、品川沖、そし
て千葉沿岸に広大な埋め立てを、行おうと事業を計画中で、二億円の資金を必要としてい
た。そこで、安田とその旅の間にじっくり話して、融資の約束を取りつけ、また、安全性
についてウワサ(?)のあるこの船に、用心深い安田を乗せ、安全をPRした。
 
 安田は八十三歳にもかかわらず元気であり、気持ちも若く、浅野の招待を快諾した。そ
して、この時、浅野に贈ったのが前記の狂歌である。
 
 船旅は順調に終わり、成果も上々で「この次はアメリカへ」という浅野の誘いにも、安
田はうなずいて船を下りた。しかし、その秋、安田は暴漢に刺され、命を落とし浅野との
約束を果たすことができなかった。

 

 
●金(かね)は山から掘り出すか、海から掬え
 
浅野 総一郎(浅野セメント創業者)  『野性のひとびと』
 
 船への憧れから出発した浅野は、渋沢栄一の援助を受けて一八八六年(明治十九)、浅
野回漕店を設立した。

しかし、浅野の前には三菱の日本郵船が大きく立ちはだかっていた。

どだい、郵船のような大会社と浅野とでは勝負にはならない。そこで正面衝突を避け、

ゲリラ戦に出るのが賢明と考えた浅野は、郵船のいない港を狙って商売を拡大していった。

郵船側の持ち船はほとんど新造船であるのに対して、浅野は安い古船ばかりのいわば廃

物利用であったので、その厳しい競争にも耐えていくことができた。
 その時に、前記の方針でいくことに浅野は決めた。
 
 
●人員整理をする場合は、役に立つ人間からやめ
させよ
 
  福沢 桃介(中部電力創業者)
 
 福沢は福沢諭吉の女婿。大正三年に名古屋電燈会社、同九年に大同電力を設立するなど
、“電力王”、“財界の鬼才”と呼ばれた。
 
 松永安左衛門は福沢の“弟子”であったが、松永が昭和の初めに、従業員を増やしすぎ
たため、人員整理をし、中高年のできの悪い連中の首を切ったため、病床にあった福沢は
松永を呼んで、叱った。
 
 「君のやり方は未熟だ。オレならば反対のやり方を行う。まず側近の重役、優秀な人か
らやめさす。その方が会社も栄え、君も尊敬される。なぜなら、優秀な人間は何かあれば
君に刃を向けかねないし、どこに行っても、立派にやっていけるので、君をうらみもしな
い。ところが、役に立たない連中はやめさせれば、一家をあげて君をうらむ」と。
 
 松永は、この忠言に耳を貸さなかったが、後年、首を切られた連中からの、うらみの投
書や訴えで苦しんだ。その時、初めて福沢の含蓄ある言葉の重みを悟った、という。
 
 
 
●システム的発想が企業力をつける
 
 立石一真(オムロン創業者)    『人を幸せにする人が幸せになる』
 
 企業にとって、コンピューターをどう使いこなすかが、その優劣を分ける時代である。
 では、そのシステム的発想をいかに身につけるか。

システムとは、おでん屋で食べる“
 

ネギマ”のようなもの。材料のネギとマグロがハードウェアで、これを串に刺して煮込む
ことが、ソフトウェアである。ネギとマグロを別々に売るよりも、これを串に刺して煮込
んで、ネギマにして売る方が、付加価値がずいぶんと高くなる。エレクトロニクスに限ら
ず、これからの商売は、ソフトウェアの開発で勝負が決まる。
 
 システムを売ることは“チエ”を売ることだ。川上・川下産業という言葉があるが、制
御機器産業が最上流、これをマスシステムにまとめるのが川下産業、トータル・システム
にまとめて、ユーザーのオフィスや工場で、使えるようにするのが最下流で、その総生産
は三兆七千億円。全体をにらんでシステムで売れば、いかに付加価値が高まるか、考える
べきである。
 
  
●四つの決断
 
  本田 宗一郎(本田創業者)
 
 本田が引き際が見事だったことは今も語り草となり、ことあるごとに引き合いに出され
る。経済評論家の三鬼陽之助は本田の生涯四つの決断を次のようにいう。
 
 一 昭和三十七年九月(一九六二)の本田技研創立十四周年に、実弟で常務の本田弁二
郎ら二人の常務を突然解任した。同族会社から世界的な企業へ発展させるために泣いて馬
ショクを斬った。
 
 二 昭和四十四年(一九六九)、欠陥車問題で本田も摘発された。この騒動の最中、本
田より二十歳も若い河島喜好の“新車”の機能が優秀で、自分が作った“欠陥車”の不評
を帳消しにした点を反省して、社長のイスを河島に譲った。
 
 三 昭和三十六年(一九六一)、突如、三つの工場で全面的に生産をストップし、在庫
調整を行った。「値上げしては業界に大混乱が起きる。休業して業界の定価を維持したい
」と。業界はもちろん、通産省からも「見上げたもの」と高く評価された。
 四番目はいうまでもなく、引き際である。

 

 
●鹿島建設を世界一にした秘訣
 
鹿島 守之助(鹿島建設社長)
 
 ドンブリ勘定、談合まみれという最も古い体質の土木業界で、これまた最も畑違いの外
交官から転身した守之助がなぜ成功したのか。
 
 それは守之助の“学究商法”が成功したもので、その柱は二十ヵ条の法則として結実し
ている。彼が赤字でつぶれかかった鹿島建設を甦らせた具体的な方法は次の三つである。
 一 研究所の充実。最近でこそ研究所やシンクタンクといっても何も珍しくないが、戦
前に業界のトップを切って、研究所を設置し、まず土質とは何かから基礎的な研究を行っ
た。

それまでは、土質はカンで適当にやられており、この基礎研究によって難しくて他に

やれない仕事は全て「鹿島に任せておけばいい」と、注文が放っておいても舞い込んでき
た。
 二 予算総○轄主義。それまではドンブリ勘定で、赤字になると次々に工事をとってゴ
マかしていた。このため、経理に明るい人材をスカウトしてコスト計算し、一ヵ月ごとに
予算と実際の進行を厳しくチェックした。
 
 三 ジョイント・ベンチャー。これも昭和十年頃、米国で初めてみて日本で最初に導入
した。
 

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