百歳学入門(94)天才老人NO1<エジソン(84)の秘密>➁落第生 アインシュタイン、エジソン、福沢諭吉からの警告
2018/02/03
百歳学入門(94)
「20世紀最大の天才老人NO1<エジソン(84)の秘密>➁
今回はその番外編―
日本の過度の学習塾・受験詰め込み教育がすべての子供が持つ
『豊かな創造性と個性』をつぶして、有名大学卒・マニアル・創造力ゼロの
自己改革できない・バカ人間を量産するのみ。
エジソンは小学校も中退して、母親から教わった。
天才、リーダーは学校教育では作れない。劣等生、落第生こそ天才になる。
アインシュタイン、エジソン、福沢諭吉からの警告
前坂俊之(ジャーナリスト)
<以下の出典は雑誌『サライ』1991年9月19日号、特集・エジソン流学問のすすめ>
「天才は1%が霊感(インスピレーション)、99%が汗(パースピレーション)
である」は、エジソンの格言の中で、最も短くて最も有名である。
秘書のインサルが天才について質問した時、エジソンはこう答えた。
「99%はうまく行かないことを知ることで、他の1%が天才かも知れない。
だが私が、何事もやり遂げられと思う唯一のほうほうは、忍耐強い
観察を続ける努力である」
トーマス・アルパ・エジソン(1847~1931)
トップリーダーを育てるための英才教育の必要性や、幼児教育の重要性を説く人が最近、増えている。しかし、残念ながら天才は学校からは生まれない。
平均点の優秀な児童・生徒はつくれても、リーダーは学校教育でつくりだ
すことは無理だと思う。天才はいずれも学校では落第生だったことが多いという事実は考えさせられる。
たとえば 『天才の通信簿』(ゲルハルト・プラウゼ著、丸山匠ほか訳、講談社、1978年)では西欧の三千年の歴史の中での天才の学校生活を調べているが、天才、トップリーダーを学校でつくりだすことは非常に難しいことを示している。
相対性原理などでノーベル物理学賞を受賞した天才の中の天才・アインシュタインは先生がサジを投げたような最低の生徒だったという。発育が遅く、口を利くのがひどく遅かったので、両親は知的障害ではないかと心配した。
やっと話せるようになっても、しゃべり方はぎごちなく、おそろしく無口だった。このため、アインシュタインは学校嫌いになった。アインシュタインは子ども心に自分に興味のない科目をなぜ勉強しなければならないか、理解できなかった。学校の教育方針に従わなかったので、先生ちからひどい目にあった (前掲書)。
二〇世紀の最大の天才・トーマス・エジソンも小学校を退学したことは有名である。「私はいつもクラスでいちばんできのわるい、落ちこぼれの生徒で、父でさえ私が低能であると思いこんでいた」 (同前)。
ある日、担任の先生が全員の前で「きみの頭は空っぽだね」と冷笑した。八歳の少年にとって、この言葉は笛でムチ打たれるよりこたえた。いきなり教室をとびだし、そのまま家に駆けもどり、「もう学校へ行くのはいやだよ」と母に
涙ながらに訴えた。
この先生の言葉は、一生涯脳裡に焼きついて離れることがなかった。「その日から二度とその小学校には足を踏み入れなかった」 (同前)。
あとは母が教育して読書を教えて、一緒に本を読み仕事をしながら独学で「大発明王」 に成長していったのである。エジソンの成功物語は教育とはいかなるものかを学ぶ絶好の材料である。
優等生や既存の試験に強い、先生からはめられる「優等生的な」児童・生徒はつくり出せても、大発明や英雄になるような大天才は「逆境」や「苦労や貧乏の実体験」の中から育つという例証である。先生もあまり肩に力を入れる必要はない。どこまで人間形成に役立つ教育をするかである。
本来の学校の意味は(スクール)という単語は、ラテン語の「スコラ」に由来し、語源はギリシア語の「スコレ」で「仕事から解放されて自由になる」
本来の学校の意味はの(スクール)という単語は、ラテン語の「スコラ」に由来し、語源はギリシア語の「スコレ」で「仕事から解放されて自由になる」という意味である。つまりスコレは、古代ギリシアでは、自由市民が精神修養をはかる余暇を意味するものであり、やがて人々が集まって話を聞いたり、討論しながら学習する場所を指すようになった。
これが、一四世紀以降の西欧では読み書き計算を教える学校、寺、私塾が生まれ、一七世紀になると今日の小学校に相当する普通学校が成立し、一八世紀には急激に増加している。義務教育が導入され、全児童が少なくとも小学校
に就学する教育体制が確立したのである。
これと比べると、日本の義務教育制度は一八八〇年(明治二三)の教育令(三年間)で導入され、二〇〇年以上は遅れたのだ。
福沢諭吉の子供教育論
その日本での近代教育制度は文部省の東大など官立校に先駆けて福澤諭吉の慶應義塾(一八五八年(安政五年)に開校した蘭学塾がスタート、一八六八年(慶応四年、明治元年)に「慶應義塾」と名前を変えた)が開かれたが、福澤は明治元年五月、上野に立てこもった彰義隊と官軍の戦争が始まり、江戸が戦火に包まれる瀬戸際でも講義を続けて、生徒に言ったという。
「これから新しい日本が始まる。過去の日本は亡びる。これからの日本はお前たちが背負って立たねばならない。われ関せずで黙って勉強しなさい」
そのうち、上野の山に官軍が大砲を撃ち込み、その砲昔が響いてきた。学生が落ち着かなくなると、「しばらく講義を止める。みんなハシゴで屋根にのぼって、バカどもの騒いでいるのをみろ」と、屋根上で見物させ、それから、一心不乱に講義を続けたという毅然としたリーダーシップを示したという。
教育こそ国の盛衰を左右する。福澤の決然として、若者の未来に託した姿勢こそ真に教育者の姿であろう。いま、少子高齢化で国難に遭遇している日本にとって、教育で優秀な人材、世界で活躍する人材を育てて、二〇年、三〇年
後に国運を立ち直させることこそ重要である。
福澤は慶應義塾で経済こそその国を独立、繁栄させる基盤であると役人養成ではなく、実業家の育成に取り組んだ。これが、明治の「富国強兵」の人材養成になったのである。
九人の子どもがいた福澤は小学校教育について、体育を中心にして子どもの活動を妨げるなとして、こう語っている。
「子供の教育法は、もっぱら体のほうを大事にして、幼少の時から読書などさせない。まず体を作った後に心を養うというのが私の主義で、生れて三歳、五歳まではいろはの字も見せず、七、八歳にもなれば手習いを少し、まだ読
書はさせない。それまではただ暴れ次第に暴れさせて、ただ衣食にはよく気をつけてやる。自由自在にしておくのは、犬猫の子を育てると変わることはない」と自然流で、勉強、勉強などといっていないのだ(福沢自伝より)。
また、次のように親にくぎを刺している。
東大の教育法を批判、息子を退学させる
「世間の父母はややもすると勉強、勉強といって、子供が静かにして読書すればこれをはめる者が多いが、私は子供の読書、勉強は反対でこれをとめている。年齢以上に歩いたとか、柔道、体操がよくできたといえば、ホウビを与
えてはめるが、本をよく読むといってほめたことはない。長男、次男の二人を東大に入れて勉強させていたところが胃痛で体をこわした。家に呼び返し文部大臣に『東大の教授法は生徒を殺すか。殺さなければ頭がおかしくなる、東
大は少年の病気製造所と命名してよろしいか』と抗議して二人を慶應義塾に入れて卒業させて、アメリカの大学に留学させた」((福沢自伝より))とまで書いているのだ。
福澤は日本の教育制度を変えた男であり、慶應大を創設して教育を実践してきた先覚者である。その方法論は現在の大学制度の改革を先どりしている。
外国人もどんどん採用し、多くの学生を海外留学させ、ハーバード大の日本分校にすることも検討していた。東大が旧来からの官僚養成学校であるのに対して「経済大国」の基礎をつくる経営者、実業家、リーダーを送り出したのである。
つづく
関連記事
-
-
『AI,人工知能の最前線がよくわかる授業②』-第2回AI・人工知能EXPO(4/4、東京ビッグサイト)-『富士ソフトの「画像認識の勘所、ディープラーニング活用した画像精度向上の施策」のプレゼン』★『V-NEXTの「AIオフショアの力で新時代のビジネスチャンスへ」トラン・ソン社長のプレゼン』
日本の最先端技術『見える化』チャンネル 『富士ソフトの「画像認識の勘所、ディープ …
-
-
<クイズ>-世界で最ももてたイケメンの日本人はだれでしょうか③トミーの愛称の立石斧次郎
<クイズ>-世界で最ももてたイケメンの日本人はだれでしょうか③ 活 …
-
-
日本リーダーパワー史(430)★「山本太郎の<平成天皇手紙事件>を見て、日本の民主主義政治社会はどこまで、成熟したのか
日本リーダーパワー史(430) …
-
-
『日中韓150戦争史』(57)維新直後に外交関係を求めた時、朝鮮側が拒絶したパーセプション(認識)ギャップはこうして起きた。
『中国紙『申報』などからの『日中韓15 …
-
-
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(147)』『アブーバクル・バグダディの「イスラム国宣言」についてーイスラム国自称カリフーを読み解くー「イスラム主義のグローバル化が進行し、民主主義、世俗主義、国民国家との戦いが これから延々と続く。
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(147)』 「イスラム主義の …
-
-
日本メルダウン脱出法(656)◎日本の経済政策:蜜月の終わりーー安倍首相率いる政府と日銀の関係が徐々に悪化している(英エコノミスト誌)など6本
日本メルダウン脱出法(656) ◎日本の経済政策:蜜月の終わりーー安倍首相 …
-
-
『オンライン/新型コロナパンデミックの研究』ー「2020年4月,米欧から遅れること1ヵ月.日本は「平時から非常時へ」,「知られざる敵との第3次世界大戦に参戦した。第2次世界大戦(太平洋戦争)の愚かな戦争ではなく、「ITデジタルスマート戦争」にする必要がある』
コロナパニックと緊急事態法発令へ 前坂俊之(ジャー …
-
-
日本リーダーパワー史(923)<世界サッカー戦国史(11)> -『W杯はフランスが優勝,日本大健闘!、新監督に森保氏…五輪代表監督と兼任』★『グローバルジャパン、「グローバルジャパニーズ」に脱皮できなければ、日本の強い、明るい未来はない』
日本リーダーパワー史(923) <世界サッカー戦国史(11) 監督に森保一 …
-
-
日本リーダーパワー史(792)ー 「日清、日露戦争に勝利」 した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェンス』➉『朝鮮半島危機には児玉源太郎のインテリジェンスに学べ』★『クロパトキンの日本敵前視察には包み隠さず、一切合切すべてみせろ』と指示。
日本リーダーパワー史(792)ー 「日清、日露戦争に勝利」 した明治人のリーダ …
-
-
産業経理協会月例講演会>2018年「日本の死」を避ける道は あるのか-日本興亡150年史を振り返る①
<産業経理協会月例講演会> 2013年6月12日 20 …