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日本リーダーパワー史(183)『大アジア時代の先駆者・犬養木堂③』亡命イスラム教徒を全面的に支援した政治家

   

 日本リーダーパワー史(183)
 
百年前にアジア諸民族の師父と尊敬された犬養毅
『大アジア時代の先駆者・犬養木堂③
      亡命イスラム教徒を全面的に支援した唯一の政治家―

                      前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
 
犬養木堂先生は回教徒の間では「犬養さんババイ」という言葉を用いている者がある。「ババイ」とはトルコ語で「お爺さん」という意味で、つまり「犬養さんのお爺さん」といふ意味である。それだけ親しみを深く感銘しておるのである。
 
アラビヤ活字
 
 現在、東京回教団の中に、アラビヤ文字の印刷所がある。これは極東では唯一のものであるが、この文字を取り寄せたのは昭和四年の十月であった。
最初は活字の見本を取り寄せて字母を造る予定であったが、丁度、当時、トルコでは従衆の文字の使用を禁止して、一切ローマ字に改正したため、不用になったからとてある新聞社で使用したものをそっくり横浜へ造りつけたものである。
 
こうなると一国の文化をわが国に保存することであるから、何としても受取らなければならぬ、ところがその関税だけでも相当の額であったし、また活字を受取って見ても、それを活用出来ねば仕様がないし、その上印刷に要する諸設備といふ問題も生じて来るというわけであった。
 
さうした場合、木堂先生は常に問題を眞剣に直視され、援助を惜しまれなかったものであるが、その時も先生は「吾輩の懐中甚だ乏しいが、これで仕末するように」とて、私に金一封を手交された。
 
私はこれに力を得てその瀬戸際を乗り切ることが出来、今日ではその活字が立派に使用され、月刊『ヤニ・ヤボンモフビリー』というアラビヤ活字でわが国情を三億の回教諸民族に紹介、認識させる役目を果たしつつある。
 
その他幾多の出版物も刊行して来たが、彼等回教徒の垂誕措かざる聖典コーランも、昭和九年五月に刊行されで、同数諸国に頗る好感を興へたのであった。
由来コーランは、彼等回教徒にとっては、教典であるばかりでなく、彼等の日常生活の基準をも包合されたもので、彼等の生活に関する法律をも含まれておる貴重なものである。
これがかつてヨーロツパで刊行されようした際には、ロ―マ法王朝はその原版を没収焼棄すること六回にも及び、辛うじて七回目に刊行することができた。
 
それがわが国にあっては、亡命者の手によって極めて容易に刊行されたとうので「日本は精神文明の発達した国である」という印象を深からして、オスマントルコでは、新聞は号外を出したり、アフガニスタンでは、政府の機関雑誌が、特別号を発行するといふ騒ぎもあった程である。いずれもこれは犬養木堂先生の御援助に基くものであることは言うまでもない。従って木堂先生の御遺志は、現に彼の方面に躍動しておることを固く信するのである。
 
 
ムハンマド・ガブドゥルハイ・クルバンガリー氏は、東京に移住後も倦むことなく、薄幸なる亡命回教徒等の幸福と民族将来のために不断の努力を続けておるが、彼等の亡命後生れ子弟も漸次学齢に達するので、小学校令に基く東京回教学校を昭和2年に年に創始したが何分にも狭い借家であったので、礼拝のためには更に他の場所を借入れるというな不便も多く、それに昭和三年秋の大倉の決議事項中にも寺院の建設という事があり、さらには新に印刷所の開設という問題もあったので、昭和4年の春には、回教徒の間に建物新築の話が台頭したのであった。

この時も木堂先生は非常に尽力なされた。今その一例を拳げれば、これは1回教教徒が行商先で三菱所有の地所を発見したというので、実地踏査して見ると確かに三菱信託会社の名儀で分譲地の杭がある。

話はそれから始まったのであるが、時機を逸したために実現は出来なかった。しかし、その間に立って先生はいろいろ心配もせられ、貴重な時間をさかれることも少なくなかった。その後、同教徒間の希望はますます盛んになり、寧ろこれはクルバンガリーを中心とする亡命回教徒のみの手によって建設する方が、歴史的にも有意義であり、彼等として好個の記念となるという訳で、零細の醸金を集めて昭和五年現在の渋谷区代々木富ヶ谷の土地を購入して起工して、翌6年1月には開校式を奉げることとなった。
 
此の開校式には先生は病気のため出席されなかったが、懇切、ていねいなる祝辞を寄せられ、私がそれを代読した。
 
「従来、回教徒と日本との関係はきわめて縁遠く、直接の交渉はなかったのでありまして、二十余年前イブラヒム君が来朝せられ、われわれと交際されたのが最初であったごとく、極めて最近の事でありました。しかも、それとても間も無く帰国せられ、中断されておったのでありましたが、諸君の故国の政情変化の結果、クルバンガリー君が亡命して来朝せられ、諸君が相次いで永住の地を日本に求めて来朝されたことは、日本と回教徒との関係をあたらしく結び着けたものであり、また日本と回教諸国との関係を将来に向って緊密ならしむべき端緒をなすものである。
殊に諸君の努力に依り、このところに子弟教養のため新校舎の竣成をみたことは、この関係をさらに強固ならしむるものであると存じます。
 
実はこの建築の話を聞いたのはごく最近の事でもあり、かつまた足初氏から、皆さんに日本に回教徒の初めての建物を自分達の手で作り上げたという歴史と、その誇りを持たせたい希望から、一切話さなかったのであると聴きました。
 
これは一応尤もな考と蔭ながらその成功を祈っておったような次第であります。
 
当今、日本の経済事情から観るに、諸君の生活も失礼ながら中なか容易なものではなかろうとお察し申し上げます。しかも、その余裕の少ない生活の中から、各自の粒々辛苦の汗と血の結晶を醸出せられて、諸君がこのところに子弟教養のための殿堂を作り上げられましたことは、実に将来に光輝ある事業を完成せられたのでありまして、まことに欣快至極に存じます。ここに簡単ながら所感の一端を述べて祝辞と致します。(中略)
 
昭和三年夏のこと、常時支那では一時、馬(ニスイあり)、玉祥が権勢をふるっておったが、甘粛の回教徒と衝突して回教院を数多く、焼うちされるやら、随所に回教徒の大虐殺を行うなどの事件があって新聞にも報道され、いろいろ情報もくるが、その真相は容易に判らなかった。クルバンガリー氏は、同教徒の誼として捨て置くおくわけにはいかない、殊に彼は租国においてもかって同様の苦辛をなめておることだから、その焦躁はまた格別であった。当時、木堂先生もいたくその事に同情せられ、早速北京の愛婿芳澤氏へ照合されたものである。
 
しかし、甘粛には日本領事館の設なき故公使館には何の報告もなし
 
回教徒の件は甘粛に滞在ノ回教僧の報道と称してロイター通信に載せられたる以来世界に伝わりしものにて、その他には何の聞く所もなし無論眞相は不分明也
 
 
 
 足  羽  君
 
斯様に所謂、かゆいところに手の届いた取扱いをされたものだが、同時に亦一方問題の核心に解れて研究されるという事は、これ又他に比を見ないところで、その眞しなる態度は何の問題についても同様であるが、この回教問題に就ても先生は常に其の究明に心懸けて居られ「曾て戴天仇が課井教徒のコーランは秘密で教徒以外には出さない事になって居るので、容易に手に人らぬが、帰国したらおくると言っていた、が爾来何んとも言って来ない」と、回教研究の機会なきことを嘆じて居られた。
 
併し支那の回教僧に聴くに、別に門外不出の秘密ではないが、支那訳のコーランは英語を原本としたもので、故意の誤詩あるにより、伝播せざるやうにされておるとの事であって、その代りに私は教義の註解等に関する敷種の支那本を旅行先から呈上したところ、大きう喜ばれたが組閣後、間もない頃であり、その上、浦洲事変、上海事件その他のために大そう御多忙の際であったから、果して内容を御覧なされたかどうか。
 
敬啓御来間の際少々発熱臥床中不得面暗失礼致候書籍数種御持贈被下殊二回教二関する書籍尤珍重致候専茲に鳴謝致候 不一
                                      犬 養 穀
 足  羽  君
           二月八日(註、昭和七年)
 
其後、昭和八年に至って支那回教僧の王文清という者がアラビア語の原本から支部訳のコーランを完成したが、先生すでに亡く高覧に供することの出来なかったのは誠に痛恨に禁えない。
 
(以上、鷲尾義直『犬養木堂』中 東洋経済新報社 昭和14年刊  806-811P)
 
 

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