前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『謝罪文』ー『片野勧の衝撃レポート「戦争と平和」の戦後史⑦『残留日本人孤児と中国養父母』(2016/12/24日以降、当サイトに掲載)などについて、謝罪とお詫びを申し上げます。

   

 

                2018年1月13日

『謝罪文の掲載について』

2016年12月24日以降、『前坂俊之オフィシャルウェブサイト』に掲載していたブログ

(1)片野勧の衝撃レポート⑦「戦争と平和」の戦後史⑦『残留日本人孤児と中国養父母』<上>

(2)片野勧の衝撃レポート⑧「戦争と平和」の戦後史⑧『残留日本人孤児と中国養父母』<下>』」 に対し、平井美帆著『中国残留孤児 70 年の孤独』(2015年10月刊、集英社インターナショナル)の文章を不当に利用した箇所が多数含まれているとの訴えが2017年7月6日にありました。

集英社インターナショナルからの抗議書によると、『中国残留孤児 70 年の孤独』と片野レポートの文章の同一、酷似箇所は次のようになっていた。

1-平井氏本では以下のような表現がある。

「ある日、ネット上で残留孤児団体の代表が、関越道ツアーバス事故についてインタビューを受けている記事を見つけた。そこからその人物で検索してみると、彼女が国家賠償集団訴訟のときに提出した意見陳述書にたどり着いた。

その書き出しはこう始まる。

「原告番号1番の池田澄江です。原告団の3人の代表のうちの1人です。  この『池田澄江』という名前は、私が生まれた時、両親がつけてくれた名前です。でも、この名前は、私にとって4番目の名前です。この名前にたどり着くまでに、私は51年かかりました。

身元が判明してから姉たちから聞いた話ですが、日本敗戦時、私の母は、満州の大混乱の中で、5人の子供を連れて、逃げまどったそうです。軍人だった父は戦地に行っており、いませんでした」

A4サイズにして四ページ。長いとも言えないこの文書を読む間、私の時間は止まっていた。そこには、中国の養父母に預けられてから、今日にいたるまでの彼女の人生が切々と語られていた。読み進めるうちに涙が溢れ、初めて残留孤児の生の声を聞いた気がした。

この人に 会おうと思った。」

2-以上の文面が「片野勧の衝撃レポート⑦」では次のようになっていた。

「私は『池田澄江』でネット検索したところ、意見陳述書を見つけた。それは中国「残留孤児」に対する新支援策が成立したため、訴えを取り下げた時の意見陳述書だった。その書き出し― ―。

「原告1番の池田澄江です。全国2211名の原告団全国連絡会の代表です。この『池田 澄江』という名前は、私が生まれた時、両親がつけてくれた名前です。でも、この名前は、私 にとって4番目の名前です。この名前にたどり着くまでに、私は51年かかりました」

A4サイズにして4ページ。そう長い文章ではないが、そこには養父母に預けられてから今日に至るまでの彼女の人生が切々と綴られていた。その一言ひとことは私の胸を打つ。熱いものが込み上げてくる。この感動は一体、どこから来るのだろう。私は彼女に会って話を聞きたいと思った。」

このように、まるでそっくりの、同一の、酷似した文章が掲載されていた。

このほか、『中国残留孤児 70 年の孤独』中の文章と同一、あるいは少しだけ書き換えて再構成された箇所は、片野氏の当該ルポ(上)(下)中、少なくとも12カ所に及び、全体としてきわめて酷似したものとなっていた。」

早速、前坂の方から片野氏に確認、ただしたところ当該箇所について全面的に著作権侵害の事実を認めて、片野氏は謝罪とお詫びすることになりました。

前坂は当ウェブサイトの責任者として、同レポートをネット上に公開掲載して平井氏に対して大きな精神的苦痛を与えた点を深く反省し、ここに謝罪文を掲載し、お詫びいたします。申し訳ありませんでした。

前坂 俊之

 - IT・マスコミ論, 人物研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

  関連記事

no image
明治裏面史②―『明治の黒幕』三浦梧楼とは何者かー『外国新聞による人物評『ジャパン・ウィークリー・メイル』

明治裏面史②――『明治の黒幕』三浦梧楼 とは何者かー『外国新聞による人物評『ジャ …

no image
日本リーダーパワー史(55) 海軍トップリーダー・山本五十六は国難にどう立ち向かったかーハワイ攻撃を立案した悲劇①

日本リーダーパワー史(55) 海軍トップリーダー・山本五十六は国難にどう立ち向か …

no image
日本リーダーパワー史(627)日本の安保法制―現在と150年前の「富国強兵」政策とを比較するー「憲法で国は守れるのか」×「軍事、経済両面で実力を培わねば国は守れない」(ビスマルクの忠告)

   日本リーダーパワー史(627) 日本の安保法制―現在と150年前の「富国強 …

no image
終戦70年・日本敗戦史(59)15年戦争(満州事変→日中戦争→大東亜戦争)をよく知る ための目からウロコの方法論(活字より動画)①

 終戦70年・日本敗戦史(59) 15年戦争(満州事変→日中戦争→大東亜戦争→敗 …

no image
<クイズ『坂の上の雲』>日本史上の最高の軍人は一体誰でしょうかー「秋山真之ではない。参謀総長だった川上操六じゃよ、ホント」①

<クイズ『坂の上の雲』>日本史上の最高の軍人は一体誰でしょうかー「秋山真之ではな …

無題
日本リーダーパワー史(711)陸軍軍人で最高の『良心の将軍』今村均(陸軍大将)の 『大東亜戦争敗戦の大原因』を反省する①パリ講和会議で、日本は有色人種への 「人種差別撤廃提案」を主張、米、英、仏3国の反対で 拒否され、日本人移民の排斥につながる。

  日本リーダーパワー史(711)  『良心の将軍』今村均(陸軍大将)の 『大東 …

ダウンロード
日本リーダーパワー史(615)世界が尊敬した日本人(85)関東大震災の復興、「横浜の恩人」の原三渓ー今も天下の名園・三渓園にその精神は生きている。

  日本リーダーパワー史(615)ー世界が尊敬した日本人(85) 関東大震災の復 …

no image
・イラク戦争報道の各社の報道ガイドラインについて 2003,7

1 (資料) 前坂俊之(静岡県立大学国際関係学部教授) ●英国・BBCの戦争報道 …

no image
日本リーダーパワー史(945)ー『日中関係150年史』★『日中関係は友好・対立・戦争・平和・友好・対立の2度目のサイクルにある』★『日中平和友好条約締結40周年を迎えて、近くて遠い隣人と交友を振り返る」★『辛亥革命百年の連載(25回)を再録する』⓵

『辛亥革命百年の連載(25回)を再録する』⓵     &nb …

no image
明治150年歴史の再検証『世界史を変えた北清事変④』★『連合国を救援するために日本が最大の部隊を派遣、参謀本部の福島安正情報部長が「各国指揮官会議」を仕切って勝利した』

 明治150年歴史の再検証『世界史を変えた北清事変④』-   連合軍の足並みの乱 …