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日本リーダーパワー史(649)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(42)国難『三国干渉』(1895年(明治28)に碩学はどう対応したか、林董の外交論『我が日本は開国以来、未だかつて真の外交なるもの経験なし』

   

日本リーダーパワー史(649)

日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(42)  

国難『三国干渉』(1895年(明治28)に碩学はどう対応したか、

三宅雪嶺、福沢諭吉、林董(ただす)の論説、インテリジェンスから学ぶ』(3)

林董の外交論『我が日本は開国以来、未だかつて真の外交なるもの経験なし』

前坂俊之(ジャーナリスト)

 

ここでは日清戦争の勝利の後に、ロシア、フランス、ドイツが組んで、勝利の獲物を手放さないと戦争をするぞと最後通牒をつきつけた「三国干渉」を学ぶ。これは日清戦争に勝利したと油断した、日本は絶体絶命の危機に陥った。突きつけられた3国からのピストルに即、ホールドアップして、屈服したのである。

当時の帝国主義全盛の国際軍事競争の中での、下位の新興国日本の大国中国に勝ったという慢心の鼻を容赦なくへし折った。

林董の『我が日本は開国以来、未だかつて真の外交なるもの経験なし』「三国干渉」に対するこの論説。今も続く日本の「国家戦略の不在」「外交不在」の根源を指摘する。

 

「三国干渉」に対する林董の論説『日本は外交の大方針を定むべし』
〔明治28年5月28日時事新報〕

 

外交の術はすなわち談判の術なりとは、もっぱらその運用に就いて説き明かしたる言葉にして、外交術なるものの結局の目的に至りては、ただ自国の利益を謀るの一事に外ならず。そもそも国の利益には2種の別あり、1は貿易の利を収得すること、また1つは国勢を伸暢することなり。

しかし、貿易上の利害のごときは、これに従事する商人輩が自らから抜け目なく注意して、決して等閑に附することなければ、この事に付き外交術に借る所は、わずかに通商条約締結の手加減位に過ぎざれども、もしそれ国勢を伸暢するの一事に至りては、最も外交家の苦辛経営を煩わす所にして、外交の術は要するにこの一事に在りて存すと云うも過言にあらざるべし

けだし国土いかに大なりといえども、兵力いかに強しといえども、孤立して国列連合の衝に当り、なおよく久しさを保つの国はあるべからず。故に大国の間に列して国勢の伸暢を謀る者は、まず第一に意気相投じ、利害相共にすべき所の者を選んでこれに交わり、以って敵とする所の者を孤立せしむをことを勉めざるべからず。

支那戦国時代の合従連合の策、もしくは我が元亀、天正時代に行われたる藩侯の味方積りなるものは、すなわちその実例でいずれも利を共にする所の者と相結んで、害となる者を制御するを以って目的となすものなり。

安政以来、我が国は弘く外国と交通を開くといえども、その締結したる条約はいわゆる偏務的の条約にして、我が貿易を利するがために計画したるものにあらず。また連合同盟の策のごときにいたりては、頓とこれに心を傾けたることなく、列国を見るふと平等一様、

あたかも賓客のごとくにこれを待遇し、一国に親交して他国を制するなどの政略は、未だかつて実際に施したることなし。

されば甲国の公使がたまたま有為の人物なるときは、多く甲国の文物を採用し、乙国に留学したる書生が帰朝して要路に立つときは乙国の学説、風俗にわかに奨励を受けで世に流行する等、

百般の取捨去就、すべて一時の感情よれ生じて、従って朝野ともに各自その好悪の情を基として親疎の区別を立つるが故に、親交決し親交ならず、疎外必ずしも疎外ならず、その親疎は国の親疎にあらずして、むしろ人の親疎と云う可なり。右のごとき次第にして、

英と云い、独と云い、仏と云い、米と云う、その学問の行わるること、その機械の輪入せらるること、皆一時の流行に止まり、決して国の利害に基づいて計定したる不抜の根拠ありて、以って親疎を分かつにあらざれば、我が日本は開国以来、未だかつて真の外交なるものの経験なしいうも不可なさがごとし。

しかるに昨年初夏、干戈(かんか=戦争)を朝鮮に動かしてより以来、事態にわかに一変し、わが国もまたいよいよ外交の政策を講ぜざるを得ざるの位置に臨めり。将来国運の消長は全くこの一事に係ることなれば、当局者は宜しく深く察して以って計画する所なかるべからず。

それ東洋に国を立つるもの、曰(いわ)くトルコ、曰くペルシャ(イラン)、いずれも我を距ること遼遠にして、いわゆる風馬牛相及ばざるものなり。曰く支那、曰くシャム(タイ)、曰く朝鮮、このの三国のごときは、近く我に隣りすといえども、勢い微かに力弱く、共に攻防同盟の事を誇るに足らず。

ただ欧洲列国の中、露、仏、英の三国は、その境土、一衣帯水を隔てて我と相接し、常に東洋に数十の戦艦を備えて、以って彼此奇角の勢いをなすを以って、我もし今後の策を講ぜんと欲せば、この三国の中に紡いで親交する所を選ばざるべからず。しかりしこうして、かの列国また各々その利害を異にするが故に、予めこれを察知すること最も肝要なりとす。

たとい彼等は東洋に於いて、いかに日本の親交を利とすると云うも、欧洲に於ける列国間の関係またこれよりも更に切なるものあるときは、むしろ東洋に於いて日本を敵とするの不利益あるも、これを忍んで以って欧洲同盟の利益を収めんとすることなきにあらず。

例えばこの頃のごとき、ドイツhは東洋に於いて敢えて大利害を感ずるの国柄にあらざるにも拘わらず、自ら進んでかの「友誼的忠告」主動者、発頭人たりしにあらずや。また仏国は平素常に我に対して交誼を救うしたるにも拘わらず、なお忠告同盟の一国たり。

けだし彼等は必ずしも日本を仇とするの心あるにあらざれども、右の自己の利とする所、さらに大なるものあるよりしてついにやぬを得ずかかる挙動に出でたるものと知るべし。すなわち彼、我を愛せざるにあらず、ただ彼、自から己れを愛すること、我を愛するよりも要に切なればなり。

昔、蘇子斉の閔王に説いて曰く「諸侯の故に明にし、地形の理を察する者は、約せずして親しみ、相質(ち)せずして固く、はしらずして疾し。事を衆(おおく)して反せず、こもこも割して相憎まず、ともに強くしてますますもって親し。なんとなれば形、憂を同うして、兵、利に趨ればなり」と。

さきに英国の首相ソールベリイ侯は、同盟の事を釈して、「同盟の条約は一片の故紙に過ぎず。利害を共にする者の相提携するこそ、天然真乎の同盟なり」と云えり。同盟の極意をとく者、古今東西符節を合すがごとし。されば今日欧州列国の中より我が同盟たるべきものを選ばんと欲せばまず彼、列国相互の関係、内情を観察することはなはだ肝要なるは、多言をまたずして明らかなり。

1848年、ハンガリーの民起ちて、その宗国オーストリアにに叛くや、勢いすこぶる【猖獗】(しょうけつ(好ましくないものが)はびこって勢いが盛んであること)にして、オーストリア政府もほとんどこれを制することあたわず、百計尽さてついに露国の援兵を乞い、

以って辛うじて鎮定することを得たり。1856年、英、仏、土の3国同盟して.露国と戦うに当り、オーストリアは露国がさきにその内乱の鎮定を援けてくれた恩義を忘れ、英、仏と同盟して兵を露国の中央に進めんことを謀れり。時にプロシアはオーストリアをドイツ連邦の外に駆逐して、自から覇業を建てんとの陰謀を抱きつつありしが、オーストリアを伐っに当りて後顧の患いなからんがためには、露国の関心を得るにしかざるを以って、オーストリア、露の間に反目の情あるを見てたちまちその機に乗じ、ドイツ連邦の縁故によってあらわにオーストリア国と結び、ひそかに種々の計策を運らして、

同盟軍の露国の中央に進むことを阻み、同盟軍はこれがために僻遠の地方クライミヤに於いて数年の間不利の戦争を継続し、ついにセバストポール城を抜いて戦い勝つといえども、兵を罷(つから)しめ財をついやし、得る所なくして止みたり。

露国は大いにプロシアのこの事を徳としたるが故に、1866年、普墺戦いを開くに当り、露国は始めより普と親しみてこれに声援を貸し、以って先年の徳に報い、併せてまた自家の怨みに報ゆるの快を取りたり。この時にあたりて普の恐るる所は、ただ仏国の干渉のみ、故に彼は百法手段を尽して仏帝を瞞着し、これにくらわしむるにライン河左岸の地を併呑することを黙視するの密約を以ってし、ついに首尾よく仏国をしてこの戦争を袖手傍観せしむることを得たり。

和成るの後、仏帝はまさに普と密約したる所を実行せんとしたるに、普はたちまち前言をは食(は)んでこれに抵抗したり。これすなわち仏人が大いに普国を怨むに至りし原因にして、千八百七十一年に及んで、ついに両国の間に戦端を開くこととはなれり。初め普墺戦争の起るや、普国は伊太利を促して己れに同盟せしめ、彼をして伊太利に於ける壌国の所領地を略取せしめたり。また普仏戦争の起るに先だち、普国はかつて仏帝が墺国を削りて普、仏の間に分取りせんことを謀りたる条約草案、及び外交の文書を世に公けにして、墺国を怒らしめ、以って墺仏両国の交わりを絶てり
しとうして伊国は普と結んで、以って仏がローマ法王の事に干渉することを阻止せり。ここを以つて普仏戦争の終わるまで、他国のこれに干渉するもむ更になかりき。普相ビスマルクが世に大外交家を以って称せらるは、これらの操縦に付き、神機妙算測るべからざるものありしを以ってなり。

1876年、露国は大いに兵を起してトルコと戦い、しばしば敗じくして後、勝つことを得Yサン・ステファノの定約を結んで、トルコ領の割譲を受くること多し。けだし露国の意は、さきに普国が墺と戦い、また仏と戦うに当り、露は陰に普を助けたるの徳あるのみか、今度、露土(ロシア、トルコ)の戦い開くのを前に、普は暗にこれを勧奨したるの形跡さえあれば、土児格(トルコ)といかなる定約を結ぶも、普は必ずこれを賛助するならんと期し居たるに、なんぞ図らん、英国がこれに干渉するに及んで、普は露を賛助せずして、かえって英国に左担したるにぞ、伯林(ベルリン)大会議を開くに及んで、サン・ステファノの定約をば修正して、割譲地は多くこれを土延に還付することに一決したり。

この時よりして露は、普に対して徹骨の怨みを抱くこととはなれり。

けだし普、襖の二国が英国を助けたる所以のものは、露が東欧に勢力を得ることの過大なるを悪(にくむ)めばなり。爾後、普国は北には露の怨みを受け、南には仏国の常に己れを仇讐視するものあり、この間に在りては、いかに強大なる独逸(ドイツ)帝国といえども、孤立して久しさを保つことはなはだ覚束なさを以って、ついに独、墺太利、伊の三国同盟なるものを経営して、霧、仏は各孤立の姿となれり。思うに、墺は独に対して快さを得ず、また伊国を視ること叛賊もただならざれども、しかれども露国の復讐に備うるには、三国の同盟によらざるべからず。

伊もまた従来の関係より云えば、墺に対して親交すべき理由なしといえどむ、仏国に対しては到底独手を以って当るべからざるを以って、ぜひとも三国同盟の力を借るの必要あり。

これぞすなわち、この同盟の堅固なる所以なりと知るべし。またこの間に露、仏二国は、その政体の正反対なるに拘わらず、互いに相親密ならんとするの傾きあれども、その同盟未だ固からざるを以って、爾来十数年の間、右三国の同盟はよく欧洲の平和を維持することを得たり。

しかりといえども年所久しさを経れば、旧怨もようやく薄らぐことあり、また怨みを匿して親密を装う者も、長日月の間には更に不快心を増進すべき事情の生ずることなきにあらず。されば近来に至りて墺、露は、ようやく相親交せんとするの傾きあり、また伊国は三国同盟に必要なる多額の国費を供給するの力ようやく衰滅したれば、独、墺を離れて他に同盟を求めんとするの傾きあり。

欧洲の形勢かくのごとくなるを以って、露国がまさに東洋に事あらんとするときは、独は勉めてこれを奨励して、以って彼の歓心を求め、併せてまた自家の禍いを遠境に嫁せんことを謀り、仏は自から東洋関係の利益少なからずといえども、欧洲の大勢に於いて露国と離るるの撮害莫大大なるを以って、その心中に欲せざる所をも、なお露の意志に従いて行わざるを得ざることあり。(注・三国干渉の遠因)

ひとり欧洲強国の中に在りて洋中に介立し、大陸列国と境を接せざるがために、列国連合の中に加わらざるものは英国なり。しこうしてその版図は北半球の南部各地に亘りて、北の方露国と処々に境を接し、常にこれと敵対せり。

露は地中海に、ペルシャ湾に、渤海湾に、また朝鮮の東北にようやくその版図を拡め、必ず海に達して以うで良好の海港を得んことを期し、不とう不屈、以ってその志を貫かんとするその一方に於いて、英国は版図既に広く、軍略上に貿易上に要害の地を有することすこぶる多く、その目的とする所は既有の利益、権勢を維持して、以って他の侵略を防ぐに在るのみ。

欧洲列国の形勢大略かくのごとし。日本はその中のいずれを味方として、いずれに備うるを得策とするか、これを断定するは敢えて難事にあらざるべし。

すなわち大陸の諸国は、いずれもその本国に於ける利害の関係切なるものあるが故に、たとい、一時は我に対して好意を表するがごときことあるも、いったん事起るの日には、たちまちその挙動を豹変して、人を驚かすことなきを期せず。現に我輩は世人と共に実際の経験によりて、この事を熟知する者なり。

これに反して我と利害を同じうし、いわゆる約せずして親しく、相質せずして固く、互いに割愛しで相憎まず、ともに強くしてますます親しむかの天然真乎の同盟国なるものは、すなわち欧洲の大陸に利害の関係少なくして、しかも東洋に於いては既成を守り、他の欧洲国の侵略を防がんとするものにあらずして誰ぞや。

我が日本人民はすべからくいったんの憤激心を抑え、力を貯え、海軍を強うし、もっぱら利害同じき者と交わりを固くして、以って他日事あるの時をまつべきなり。(注・日英同盟の必要性を外交戦略として説いている)

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究

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