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<川上は『ドイツ・ビスマルクのスパイ長官』・シュティーベルのインテリジェンスをどこまで学んだのか。

前坂 俊之(ジャーナリスト)

 

『スパイの歴史』テリー・クラウディ著、日暮雅道訳 東洋書林(2010年)より

 

川上の留学中に、モルトケから何を教わり、日本の参謀本部にどう活かしたかの具体的な記述は徳富蘇峰の「川上操六伝」(第一公論社(昭和17年刊)にも一切ふれてない。プロシア滞在日記はあるがこの部分はスッパリけづられている。

具体的な諜報の戦術は当然の秘密であり、一切記録されていない。モルトケが川上にからどのようなことを教えたかは、木村毅著「大本営」「明治名将伝」「密使」「明治天皇」などに散見される。

木村は英語のできる新聞記者として、小説家となり、とくに徳富蘇峰との親交があり、川上についてはよく取材しており、「明治天皇」「大本営における明治天皇」などは、宮内庁に事実確認し、侍従や川上の部下の軍人からも材料を集めているので、単なる創作と一味違う。ドイツ留学時代のモルトケとの会話や、クラウゼビッツの翻訳を森鴎外に命じ、田村と研究させた経緯なども描かれている。

しかしクラウゼビッツは戦略家であり、川上がドイツでインテリジェンス(謀略、スパイ)について学んだのか―どうかの記述はない。

ところが、たまたま『スパイの歴史』テリー・クラウディ著日暮雅道 東洋書林(2010年10月刊)を読んでいて第10章の「東洋の危機」なる項目の日本のスパイ、諜報の部分で、思わず目がとまった。

 

「日本には近代的な諜報制度が必要だった。ドイツのモデルを採用するため、一八七〇年代なかばに日本の公務員が派遣されてヴイルヘルム・シュティーベルのもとで学ぶ。その後の十年間で、日本は陸軍と海軍に個別の諜報部を設立し、それぞれに秘密軍事警察分隊をつくった(陸軍では憲兵隊、海軍では特警隊)。

この最後の分隊は、優秀な防諜組織でもあった。しかし日本で独特なのは、非公式な諜報組織が、公式な諜報組織とともに、もしくは独立して活動していたことだ。これらの影の組織はもともと国粋主義的で、軍隊や政界、産業界、やくざなど、日本社会のさまざまな集団から構成員を募っていた。無慈悲な指導者のもと、その手下たちは日本の極東の隣人たちを監視し、転覆させ、堕落させていく。」(276-277頁)

この部分は玄洋社、黒龍会について触れた部分だが、ヴイルヘルム・シュティーベルについては初めての名前であった。早速、手元にあるリチャード・ディーコン『日本の情報機関―経済大国・日本の秘密』時事通信社(昭和58年)でのってないかどうか、調べてみると、うかつなことに47Pにしっかり載っていた。
「ロシアの野望に対決するためこのような政策は黒竜会の理念と一致したが、二〇世紀初期における他のいかなる帝国主義政策以上にと‥言わぬまでも、それらに劣らずアピールするものであった。

事実、日本は・西欧列強が日本よりもはるかに大義名分を欠くにもかかわらず、すでに中国、インドシナ、東インド諸島とジャワ・インド、マレーにおいて行動に移していたとこらを、自らの領域で企図していたにすぎない。ロシアはこれよりはるか以前に、東アジアの征服をもくろんでいた。

日本は二〇世紀に入るはるか以前から、ロシアのそういう企図は日本の長期利益に反するばかりか、実際に国家の安全を脅かすと考えていた。一九世紀末の段階で、中国とロシアを日本に対する仮想敵国とみなしていたのである。
ドイツは、ロシアが東アジア植民地化を画策していると日本に警告し、軍事諜報活動をロシアまで拡大させた。メッケル少佐率いるドイツ軍事使節が日本に貢献する一方・ドイツは日本と、自らの仮想敵国であるロシアとの間に害毒の楔を打ち込もうとしたのである。ヨーロッパ各国の首都で撹乱工作をした悪名高きスパイ・マスター、ウイルヘルム・シュティーバーの戦術を学ぶために、日本の留学生がドイツに派遣れたのも、ドイツ側の教唆によるものであった。
1891(明治二四)年に開始されたシベリア横断鉄道の建教は、ロシアの東方進出開始を告げるのろしとなった。ついで一八九四~九五年の日清戦争に日本が勝利を収めると、ロシアは今度はフランスとドイツの支持を得て、日本が遼東半島に橋頭ほを築くのを阻止しようとした。

一八九六年、ロシアの覇権主義の野望がもつ危険を知っていたクロバトキン将軍は、次のように書いた。「わたしはウィッテに、わが国の皇帝は壮大な計画を考えていると言った。満州の獲得と朝鮮の併合がそれである。皇帝はまた、チベットをも配下に収めようと夢みている」

日本にスパイの手ほどきをしたというプロシアのスパイの父は、確かにスゴイ。

プロシア発展の大ドイツ統一への道はビスマルク、モルトケ、シュティーベルの3人によって達成されたのである。

『スパイの歴史』よると、

ウイルルヘルム・シュティーベル(1818-1892)はプロイセン出身ではなく、ザクセンのメルセブルクで生まれた。彼の母親デイジーはイギリス人。べルリン大学で神学を学んだ。大学の時、強盗を働いたとして告訴された冤罪のスウェーデン人掃除夫の弁護を引き受け、無罪を勝ち取った。これ以来、法的手続きに関心をもった。

一八四八年、ベルリンで反乱があった際、国王フリードリヒ・ヴイルヘルム四世が暴徒に取り囲まれ、馬から落とされそうになったのを助けて、一躍注目された。そのご、「刑事警察」がつくられるとシュティーベルがその指揮官に取り立てられた。

一八五一年十月にロンドンの第一回万博でハイド・パークに建てられた国際産業博覧会ではドイツ人共産主義者への監視任務を担当して、業績を上げて国王から称賛された。

ロシアにいても、ー八六三年新しく任命されたプロイセン宰相ビスマルクのロシア人革命家からの暗殺計画を暴いて、未然にテロから救い、ビスマルクは感激し、シユティーベルに与えられた特別重要任務を与えるようになる。

 

ビスマルクの最大の遺産は、ばらばらだったドイツ諸国家をドイツへと統一したことだろう。統一達成するためには、その前にオーストリアと対決しなければならなったのだ。ビスマルクがシユティーベルにオーストリアの軍備を調査し、報告を命じた。

シユティーベルはビスマルクの依頼に応じた行商人にばけてオーストリアへ入り、昼間は聖母マリアなどの小像を売り歩き、夜には宿屋へ入って酒飲み、わいせつな絵を売りつけた。国中を歩き、防衛と軍事備蓄の地図をつくりあげ数カ月後、ベルリンへ戻った。その驚くほど正確な報告で、ビスマルクとモルトケ将軍はオーストリアを七週間で撃破する電光石火の作戦を作りあげた。

ビスマルクはこんどはオーストリアに諜報員網を確立するプランに十日間の猶予を与えた。

 

シュティーベルはアッと驚く方法を考え出した。

警察の人手では監視が間に合わなくなるほどの大量のスパイをオーストリアに送り込む。もしひとりが捕まってもほかの密偵のことはほとんど知らないし、数人が捕まっても計画全体は知らないのだから、被害はわずか。

オーストリアを地域で分割し、それぞれに常駐スパイ″を置く。常駐スパイは外国人ではなく、その地域で生まれ育った人間とする。常駐スパイの最初の仕事は、担当地域内で情報提供者を集めて情報網をつくり、その報告を受け取ることだ。報告はプロイセンの本部に送られ、そこで評価される。

処理されたデータは、それに基づいて適切な政治指導者あるいは軍事指導者が対応できるようする。重要な情報がもたらされると、調査のための特別諜報員がオーストリアへと派遣される。

ビスマルクはこの計画を承認し、さらに一歩進めてシュティーベルが報道局をつくることを許可した。国王はロンドンに本拠のあるロイター通信社がニュースを独占し、世論を支配していることに懸念し、国王はプロイセンの報道会社を欲しており、そのためシュティーベルは報道管理にまで入り込んだ。

そのスパイ活動の結果、オーストリアはー

① 戦争を予期しておらず、なんの準備もしていない。

② 国民は戦争に反対している。

③ 軍隊動員には、プロイセンより2週間長くかかる。

④ 武器は時代後れであり、プロイセンの新型には太刀打ちできない。

このシュティーベルの諜報活動で、オーストリアに圧勝し、ドイツ統一のきっかけとなり、この功績が認められシュティーベルは公式に首相顧問官″に任命された。

彼は次つぎにスパイアイディアを編み出しが、次なる1手は金を最も必要としている人々のリストをつくりあげること。それから、ハノーヴアーの銀行を通じて、彼らに非常に魅力的な条件の貸付を申し出た。この貸付条件を呑んでしまえば、彼らはシュティーベルのいいなりになるというわけだ。

ドイツの『スパイの父』といわれた男だけに、驚くべき奇策を編み出しているが、その中でも悪名高いのがベルリンの高級娼館(緑の館)がある。

シュティーベルはこの保養地に警察官を置き、重要人物を選んだ客を監視させた。想像できるかぎりの悪徳や堕落、変態的な欲求が満たされるこの場所には、招待のない客は入ることができなかった。

しかし、このような喜びには代償がつきものだ。シュティーベルはそれぞれの客のファイルを持っており、ちょっとした好意を示して欲しいときには、客たちに不謹慎な行為をばらすといって脅迫したと言われる。」

ウイルヘルム・シュティーバーから手ほどきを受けたのは誰なのか。川上でないことは確かである。彼の後にドイツに留学した陸軍将校である。明石元二郎なのか、誰なのか、その留学生を特定したい。

– 人物研究 シュティーベルスパイスパイの歴

 

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